定期更新型ネットゲーム「Ikki Fantasy」「Sicx Lives」「Flase Island」と「Seven Devils」、「The Golden Lore」の記録です。
カテゴリー「定期日誌」の記事一覧
- 2025.01.23 [PR]
- 2010.06.17 探索32日目
- 2010.06.10 探索31日目
- 2010.05.26 探索30日目
- 2010.05.20 探索29日目
- 2010.05.13 探索28日目
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ある世界の合同宿舎。そこからずっと北上すると、大きな砂漠地帯が広がっている。
その中に悠々とそびえ立つ城があった。
不思議なことに、その周りは豊かな緑と泉があるのだ。
それが、ゲイル・ナーディアである。
「ちょっと! ちょっと放してよ!」
城の門のところで、兵士達に捕らえられている少女がいる。
「…なんの、騒ぎだ?」
「あ、8番隊隊長」
真っ黒の青年――エリアスが騒ぎに気付いて、城から出てきた。
彼は、フェイテルに召喚されるだけでなく、自分の世界を守るだけでなく、
この城に勤めているのである。
シャルは邪心教を立ち上げ、その寄付金+教団関係品代で金を作っている。
カルニアはまさに様々なものを製作し、生活している
(主にエレアのグッツだったりする)。
フォーゼは王様なので全く困らない。
そんなことができないエリアスは、傭兵をやろうとしたのだが、
ゲイル・ナーディアの女王に気に入られ、部隊の隊長に抜擢されたのだ。
その話は、また別の機会に語るとする。
「8番隊隊長。侵入者です」
端的に告げられる言葉。エリアスは眉をひそめた。
「ここは入り口ではないか。普通の謁見者ではないのか?」
そう言いながらエリアスは何気なく少女を見て、ぎょっとした。
(この娘は…!?)
「いいえ。壁をよじ登っているところを発見。捕獲しました」
「そ、そうか…」
明らかに動揺するエリアス。
「どうされました? 8番隊隊長」
「…彼女は……俺の父親の知り合いだ。不法侵入未遂もあわせて注意しておくので、
身柄を渡してもらっても構わないか?」
エリアスはそう言うと、頭を下げた。頼む、と。
「……8番隊隊長がおっしゃるなら、わかりました」
「ありがとう」
そして、少女の手を取り、城壁の中にある8番隊の兵舎に向かう。
赤茶色の髪の少女は冒険者のような格好をしていた。髪をまとめる帽子、
革製の鎧とブーツ、そして背中には巨大な漆黒の剣。
ちりちりと、エリアスの背中の剣が騒ぎ出す。
それに少女も気がついたのだろう。
「あの…さっきはありがとう。でも貴方、いったい何者?
あたしの剣が反応しているわ。この剣はね――」
「その話はここではできない。俺たちの使っている部屋で説明をするから
少し黙っていてくれ」
少女からすれば、ぶっきらぼうに聞こえたかもしれない。しかしそれ以上の言葉を
紡げないエリアスは特になにも思わず、
ただ、城壁内の通路を歩いているだけだった。
「さて」
8番隊の兵舎にたどり着き、部屋のドアを開ける。
中には誰もいなかった。
「案の定…皆出ているな」
エリアスは呟きながら少女を部屋に招きいれ、さらに奥のドアをあけた。
「ここは会議室だ。ここでゆっくり話そう。歓迎する、ロンド=ファイナルロード」
「へ?」
少女――ロンドは驚きで妙な声を出した。
「どうして、あたしの名を? …しかもよりによって、そっちを」
しばしエリアスは沈黙した。その間に身振り手振りでロンドを会議室へ案内し、
席につくように指示した。
そうされている間も、ロンドは不思議に思い、彼の顔を覗き込む。
やや長い沈黙の後、彼は口を開いた。
「あの方に聞いたんだ」
するとロンドの目が大きく見開かれる。
「あの方って、もしかして、デスティニー様?」
こくり。エリアスが頷いた。
「どうして? あの方はほとんど言葉を語らないと言うのに」
「城の前で言っただろう。お前は父親の知り合いだ、と」
「う…そ…」
エリアスの言葉の意味を汲み取ったロンドは絶句した。
つまりその『デスティニー様』がエリアスの父親だということだ。
「嘘は好かん」
ぷい、とそっぽを向くエリアス。
するとロンドは目をきらきらとさせて
「教えて! どういうこと!? 司に子供がいるなんて、そんなこと考えづらいわ」
興味しんしんでテーブルに身を乗り出した。
「その前に…お前のことを教えてくれ。あの方に繋がる邪心のひとり、
憤怒と誠意の邪心、最終帝。それしか俺は知らないのだ」
それからバツの悪そうに頭をかきながら、
「それから、城に用があるのなら、正面から城に入ってくれ。城壁を登っていたら
不法侵入者と思われても仕方がないだろう」
と付け足した。
ロンドは固まる。
「あは、ははっ、そうよね。でもたかが冒険者が女王に謁見を求めても
受け入れられないと思ったのよ」
エリアスは沈黙した。
なんの用事があったのかはだいたい想像がつく。
「だからといって不法侵入すればすぐに捕まる。ここは兵がとても多い城だ。
8部隊も囲っている」
まあ最も、第8部隊はおまけのようなものだが、と付け足した。
「8部隊? 普通の城はもっともっといるわよ?」
「いや、この世界ではとても珍しいことだ。仮初めの平和がこの世界を包んでいる
からな。だが…」
エリアスは遠い目をして言った。
「あの方がフェイテルと決着をつける気でいるのがわかった。そのときは、
この世界は混乱に陥るのだろうな…」
思いがけない言葉にロンドの声が大きくなる。
「デスティニー様とフェイテル様が? あのお二人、そんなに仲が悪いの?」
エリアスは頷いた。
「もともと司という存在はたくさんいた。しかしフェイテルがそれを全て滅ぼした。
あの方はそれは自分の責任だと思い込んでいる。だから、いつかフェイテルを倒し、
自分も消えようと考えているんだ」
ロンドは立ち上がっていたのだが、急に力が抜けるように座り込んだ。
ぼうっとした顔をしている。
「そんなことが…。デスティニー様はそんなこと、全くあたし達に話したことが
無かったわ。貴方、相当信頼されているのね」
エリアスはふるふると首を振る。
「違う。あの方は、フェイテルに司を全て消されたのは、
自分が感情的になってしまったからと考えた。だから感情を捨てた。
その感情は他の人間と同じように、何度も何度も人生を繰り返し――
そして、今は俺になっただけなんだ」
「だから…デスティニー様の、子供…」
「つまり、デスティニー様の記憶をちょっと知ってるんだね」
子供の声がした。
エリアスは驚いて視線を上に上げる。
いつの間にか、ロンドの横に小さな少年が現れていた。
「こら、オーザイン!」
ロンドが叱り付ける。エリアスはロンドの周りをくるりと見回して、言った。
「お前の剣はその少年になるのか。俺は、剣そのものだからな。
他人のような気がしない」
ロンドの背負っていた大剣が無くなって少年の背中に移動していたため、
そう判断したのだ。ただ、少年の背には大きすぎて、柄が地面についている。
すると、オーザインと呼ばれた少年は顔をぱあっと明るくして、
トコトコとエリアスのところへやってきた。
「僕と一緒なの? ねぇ。剣見せてー!」
「駄目だ」
即答。するとオーザインの頬がぷうと膨れた。
「どうして?」
エリアスは困ったような、ジトッとしたような顔になった。
「……恥ずかしい」
「そうなのかー」
そう言うと、今度は座っているエリアスの脚を上り始めた。
大剣がこれでもかというくらい邪魔している。
「ん…?」
そして彼のふとももを制圧する。キャッキャッキャとオーザインは嬉しそうに
笑い声を上げた。
「ごめんなさい。その子、あたしもどう扱っていいのか
いまいちわかっていなくて…」
ロンドが謝る。エリアスは首を振ると
「ここにいてもあまり困らないからいい」
と気を使ってか、言った。それからなにも言わず、自分の視野内に入る
大剣を傾けて、ロンドと目が合うようにする。
「好きー」
しかし、ふとももの上で方向転換したちびっ子はエリアスに抱きつく。
そんなことをされたことがないエリアスは、困ったように眉をひそめた。
「ほら…」
ロンドはため息をついた。
「………」
エリアスはしばし沈黙した。が、ふと顔を上げて、言った。
「話すことが多すぎて、なにか肝心なことを言いそびれているような気がする。
なんだろう」
「貴方…自分は剣だって言ったわね。人間に生まれ変わっていたんじゃないの、
デスティニー様の『感情』、いえ『心』って言ったほうがよさそうな、それは」
エリアスは首をかしげた。そして、再び沈黙する。
沈黙をやめ、エリアスはまたボソボソと話し始めたのは
1分くらい経ってからであろうか。
「このあたりは話すと脱線するだけだから簡潔に言う。
俺は邪心だ。人間に生まれ変わった、邪心なんだ」
ロンドの目が点になる。
「じゃあ、もしかして、フェイテル様の配下?」
「配下という言葉が適切かはわからんが、フェイテルに使われる立場なのは
確かだな」
エリアスは静かに言った。
「複雑な立場なのね。あたしはただ、デスティニー様にこの世界に呼ばれて、
他の二人と連絡をとるように言われただけなのに」
フェイテルが自由に呼べる邪心はもともと3人。
シャル、カルニア、エリアス。
最近フォーゼが加わったが、基本的には3人が直接彼女を守る
使命を持っているのである。
それと同じように、デスティニーが自由に呼べる邪心も3人。
そのひとりが、今、エリアスの前にいるロンドという少女のようだ。
「そうか…いよいよ…本当に…」
エリアスは視線を落とした。すると見事にオーザインと目が合う。
「どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?」
ぺたぺたと手を伸ばし、エリアスの頬を触る。彼なりに慰めているのだろう。
エリアスはそんなちびっ子を撫でた。今までしたこともないしぐさが
自然に出てきたことにエリアスは驚く。
「?」
驚いた顔を目撃したオーザインは首をかしげた。
エリアスはオーザインを抱えると、下に下ろし、立ち上がった。
「では、ロンド。ここに来たのは女王と会うためだろう?
案内するからついて来い」
「え? ええ…」
ロンドは面食らう。なぜそこまでわかったのだろうか、と。
しかしエリアスの難しい立場はなんとなくだが理解できた。
彼についていくことに反対する理由など無い。
続いて立ち上がると、オーザインを捕まえて、手を繋いだ。
「では行こう。冷酷と秩序の邪心にして、この国の女王、メリアルトの元へ」
その中に悠々とそびえ立つ城があった。
不思議なことに、その周りは豊かな緑と泉があるのだ。
それが、ゲイル・ナーディアである。
「ちょっと! ちょっと放してよ!」
城の門のところで、兵士達に捕らえられている少女がいる。
「…なんの、騒ぎだ?」
「あ、8番隊隊長」
真っ黒の青年――エリアスが騒ぎに気付いて、城から出てきた。
彼は、フェイテルに召喚されるだけでなく、自分の世界を守るだけでなく、
この城に勤めているのである。
シャルは邪心教を立ち上げ、その寄付金+教団関係品代で金を作っている。
カルニアはまさに様々なものを製作し、生活している
(主にエレアのグッツだったりする)。
フォーゼは王様なので全く困らない。
そんなことができないエリアスは、傭兵をやろうとしたのだが、
ゲイル・ナーディアの女王に気に入られ、部隊の隊長に抜擢されたのだ。
その話は、また別の機会に語るとする。
「8番隊隊長。侵入者です」
端的に告げられる言葉。エリアスは眉をひそめた。
「ここは入り口ではないか。普通の謁見者ではないのか?」
そう言いながらエリアスは何気なく少女を見て、ぎょっとした。
(この娘は…!?)
「いいえ。壁をよじ登っているところを発見。捕獲しました」
「そ、そうか…」
明らかに動揺するエリアス。
「どうされました? 8番隊隊長」
「…彼女は……俺の父親の知り合いだ。不法侵入未遂もあわせて注意しておくので、
身柄を渡してもらっても構わないか?」
エリアスはそう言うと、頭を下げた。頼む、と。
「……8番隊隊長がおっしゃるなら、わかりました」
「ありがとう」
そして、少女の手を取り、城壁の中にある8番隊の兵舎に向かう。
赤茶色の髪の少女は冒険者のような格好をしていた。髪をまとめる帽子、
革製の鎧とブーツ、そして背中には巨大な漆黒の剣。
ちりちりと、エリアスの背中の剣が騒ぎ出す。
それに少女も気がついたのだろう。
「あの…さっきはありがとう。でも貴方、いったい何者?
あたしの剣が反応しているわ。この剣はね――」
「その話はここではできない。俺たちの使っている部屋で説明をするから
少し黙っていてくれ」
少女からすれば、ぶっきらぼうに聞こえたかもしれない。しかしそれ以上の言葉を
紡げないエリアスは特になにも思わず、
ただ、城壁内の通路を歩いているだけだった。
「さて」
8番隊の兵舎にたどり着き、部屋のドアを開ける。
中には誰もいなかった。
「案の定…皆出ているな」
エリアスは呟きながら少女を部屋に招きいれ、さらに奥のドアをあけた。
「ここは会議室だ。ここでゆっくり話そう。歓迎する、ロンド=ファイナルロード」
「へ?」
少女――ロンドは驚きで妙な声を出した。
「どうして、あたしの名を? …しかもよりによって、そっちを」
しばしエリアスは沈黙した。その間に身振り手振りでロンドを会議室へ案内し、
席につくように指示した。
そうされている間も、ロンドは不思議に思い、彼の顔を覗き込む。
やや長い沈黙の後、彼は口を開いた。
「あの方に聞いたんだ」
するとロンドの目が大きく見開かれる。
「あの方って、もしかして、デスティニー様?」
こくり。エリアスが頷いた。
「どうして? あの方はほとんど言葉を語らないと言うのに」
「城の前で言っただろう。お前は父親の知り合いだ、と」
「う…そ…」
エリアスの言葉の意味を汲み取ったロンドは絶句した。
つまりその『デスティニー様』がエリアスの父親だということだ。
「嘘は好かん」
ぷい、とそっぽを向くエリアス。
するとロンドは目をきらきらとさせて
「教えて! どういうこと!? 司に子供がいるなんて、そんなこと考えづらいわ」
興味しんしんでテーブルに身を乗り出した。
「その前に…お前のことを教えてくれ。あの方に繋がる邪心のひとり、
憤怒と誠意の邪心、最終帝。それしか俺は知らないのだ」
それからバツの悪そうに頭をかきながら、
「それから、城に用があるのなら、正面から城に入ってくれ。城壁を登っていたら
不法侵入者と思われても仕方がないだろう」
と付け足した。
ロンドは固まる。
「あは、ははっ、そうよね。でもたかが冒険者が女王に謁見を求めても
受け入れられないと思ったのよ」
エリアスは沈黙した。
なんの用事があったのかはだいたい想像がつく。
「だからといって不法侵入すればすぐに捕まる。ここは兵がとても多い城だ。
8部隊も囲っている」
まあ最も、第8部隊はおまけのようなものだが、と付け足した。
「8部隊? 普通の城はもっともっといるわよ?」
「いや、この世界ではとても珍しいことだ。仮初めの平和がこの世界を包んでいる
からな。だが…」
エリアスは遠い目をして言った。
「あの方がフェイテルと決着をつける気でいるのがわかった。そのときは、
この世界は混乱に陥るのだろうな…」
思いがけない言葉にロンドの声が大きくなる。
「デスティニー様とフェイテル様が? あのお二人、そんなに仲が悪いの?」
エリアスは頷いた。
「もともと司という存在はたくさんいた。しかしフェイテルがそれを全て滅ぼした。
あの方はそれは自分の責任だと思い込んでいる。だから、いつかフェイテルを倒し、
自分も消えようと考えているんだ」
ロンドは立ち上がっていたのだが、急に力が抜けるように座り込んだ。
ぼうっとした顔をしている。
「そんなことが…。デスティニー様はそんなこと、全くあたし達に話したことが
無かったわ。貴方、相当信頼されているのね」
エリアスはふるふると首を振る。
「違う。あの方は、フェイテルに司を全て消されたのは、
自分が感情的になってしまったからと考えた。だから感情を捨てた。
その感情は他の人間と同じように、何度も何度も人生を繰り返し――
そして、今は俺になっただけなんだ」
「だから…デスティニー様の、子供…」
「つまり、デスティニー様の記憶をちょっと知ってるんだね」
子供の声がした。
エリアスは驚いて視線を上に上げる。
いつの間にか、ロンドの横に小さな少年が現れていた。
「こら、オーザイン!」
ロンドが叱り付ける。エリアスはロンドの周りをくるりと見回して、言った。
「お前の剣はその少年になるのか。俺は、剣そのものだからな。
他人のような気がしない」
ロンドの背負っていた大剣が無くなって少年の背中に移動していたため、
そう判断したのだ。ただ、少年の背には大きすぎて、柄が地面についている。
すると、オーザインと呼ばれた少年は顔をぱあっと明るくして、
トコトコとエリアスのところへやってきた。
「僕と一緒なの? ねぇ。剣見せてー!」
「駄目だ」
即答。するとオーザインの頬がぷうと膨れた。
「どうして?」
エリアスは困ったような、ジトッとしたような顔になった。
「……恥ずかしい」
「そうなのかー」
そう言うと、今度は座っているエリアスの脚を上り始めた。
大剣がこれでもかというくらい邪魔している。
「ん…?」
そして彼のふとももを制圧する。キャッキャッキャとオーザインは嬉しそうに
笑い声を上げた。
「ごめんなさい。その子、あたしもどう扱っていいのか
いまいちわかっていなくて…」
ロンドが謝る。エリアスは首を振ると
「ここにいてもあまり困らないからいい」
と気を使ってか、言った。それからなにも言わず、自分の視野内に入る
大剣を傾けて、ロンドと目が合うようにする。
「好きー」
しかし、ふとももの上で方向転換したちびっ子はエリアスに抱きつく。
そんなことをされたことがないエリアスは、困ったように眉をひそめた。
「ほら…」
ロンドはため息をついた。
「………」
エリアスはしばし沈黙した。が、ふと顔を上げて、言った。
「話すことが多すぎて、なにか肝心なことを言いそびれているような気がする。
なんだろう」
「貴方…自分は剣だって言ったわね。人間に生まれ変わっていたんじゃないの、
デスティニー様の『感情』、いえ『心』って言ったほうがよさそうな、それは」
エリアスは首をかしげた。そして、再び沈黙する。
沈黙をやめ、エリアスはまたボソボソと話し始めたのは
1分くらい経ってからであろうか。
「このあたりは話すと脱線するだけだから簡潔に言う。
俺は邪心だ。人間に生まれ変わった、邪心なんだ」
ロンドの目が点になる。
「じゃあ、もしかして、フェイテル様の配下?」
「配下という言葉が適切かはわからんが、フェイテルに使われる立場なのは
確かだな」
エリアスは静かに言った。
「複雑な立場なのね。あたしはただ、デスティニー様にこの世界に呼ばれて、
他の二人と連絡をとるように言われただけなのに」
フェイテルが自由に呼べる邪心はもともと3人。
シャル、カルニア、エリアス。
最近フォーゼが加わったが、基本的には3人が直接彼女を守る
使命を持っているのである。
それと同じように、デスティニーが自由に呼べる邪心も3人。
そのひとりが、今、エリアスの前にいるロンドという少女のようだ。
「そうか…いよいよ…本当に…」
エリアスは視線を落とした。すると見事にオーザインと目が合う。
「どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?」
ぺたぺたと手を伸ばし、エリアスの頬を触る。彼なりに慰めているのだろう。
エリアスはそんなちびっ子を撫でた。今までしたこともないしぐさが
自然に出てきたことにエリアスは驚く。
「?」
驚いた顔を目撃したオーザインは首をかしげた。
エリアスはオーザインを抱えると、下に下ろし、立ち上がった。
「では、ロンド。ここに来たのは女王と会うためだろう?
案内するからついて来い」
「え? ええ…」
ロンドは面食らう。なぜそこまでわかったのだろうか、と。
しかしエリアスの難しい立場はなんとなくだが理解できた。
彼についていくことに反対する理由など無い。
続いて立ち上がると、オーザインを捕まえて、手を繋いだ。
「では行こう。冷酷と秩序の邪心にして、この国の女王、メリアルトの元へ」
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音を立てて城が崩れていく
自分を維持していた存在が消え、自分も同時に消えることを覚悟していた
しかし、そうはならなかった
なぜなら、その存在の上位の存在が、
オレたちに直接裁きを下すためにオレを維持したと言う
今回の一件は世界のためにやったと見せかけて、
ただ単に混乱を見て楽しみたかったのだと言った
ふざけるな
オレたちは貴様の玩具じゃねぇ
----------
遺跡外である。
カルニアはいつものように、生産の技術を買ってくれる人を探しに出かけた。
シャルは買出し担当だが、今回は荷物が多いので、それを減らしに行っている。
フェイテルはひとりでぽつんとしていた。
そこに忍び寄る影。
フェイテルは下ろしていた腕を持ち上げ、水晶を抱えなおした。
「なにをするつもりかしら? ――トパーズ・ラシダス」
ぴたり、と影の進行が止まる。
「ちっ。やっぱり気がついてやがったか。億の時が流れたんだ、
ちっぽけな人間のことなんて忘れてくれていてよかったんだがなぁ」
そういって、気配を消すのをやめ、乱暴にザッザッザッと彼は歩いてきた。
ピンクの髪をさらりと流した髪型の男――ガンマだ。
「いつから気がついていた?」
どかっとフェイテルの横に座り、手に持っていたナイフで自分の指をツンツンと
いじりながら彼は問う。
「そうね」
フェイテルはいつもどおりの笑顔。
「あなたが邪霊にもかかわらず、私に呼び出されたいと言い出した頃から、
なにかあるわと思っていたわ」
「はーん」
生返事。今度はナイフをくるくると回している。
「あまりに昔のことだったから、思い出すのに苦労したわ。
オルドビス君、だったかしら。あの子の家にあなたがいるとき、
仲良くしている生き物を見ても、すぐに、私からのプレゼントを
激しく憎悪していた人間がいたことを思い出せなかったもの」
フェイテルからのプレゼント。
世界に住むあらゆる者の願いを叶える存在。
ただし、その存在が生きるためには、人々の苦しみが必要だった、哀れな存在。
「そのまま忘れてくれていていいのによぉ。なにも知らないまま、
くたばってくれたって、オレサマは一向に構わねぇんだから」
そして世界は、願いを叶える存在の奪い合いに発展、混乱に陥り、
それは、最終的に破壊された。
その後、現れた願いを叶える存在の「創造主」。
それが、フェイテルだった。
「お前にとっちゃ、オレサマなんてちっぽけな存在だろ?
わざわざ覚えてくれていてありがとよ、フルネームだなんてご丁寧に、まあ」
次に彼の口から出たのは皮肉。
フェイテルはさらに瞳をきつく閉じ微笑むと、水晶を撫でた。
「貴方の宿命、見せてもらったわ。罪を重ね、その罰として魂が消えることは
許されず、そして、また罪を重ね続ける…」
その言葉にガンマは、なるほどなぁ、と言う。
「この島では、お前の能力、ほぼ無意味になっていると知ったから、
利用されることでお前の傍に接近しようとしていたが…
もともとお前の管理下なら宿命はちゃんと見えるのか」
ナイフが宙を舞った。ぽい、ぽいと何度か投げると、
ガンマはそれをキャッチして息を吐き出した。
「つーことは、アレか? 『あの世界』の存在である以上、オレサマは
『お前に勝つことができない宿命』の下にいる、というのも変わりねぇのか」
フェイテルは下を向いているガンマの視野内に顔を入れた。
笑顔のままである。
「そのとおりよ。
本当はね、私に従いたいと思っている邪心なんていないの。
シャルは縛られていることを極端に嫌っている。
カルニアは自分が頂点に立っていないと気がすまない子。
エリアスは私のことを潜在的に憎んでいる。
フォーゼだって、きっと」
「はーん」
ガンマはまた生返事をした。
「意外だぜ。お前からそんなネガティブな考えが出てくるなんてな。
見た感じ、あいつら楽しそうに敵と遊んでるじゃねぇか」
「邪心のお腹の中なんてそんなものよ。
ただ私が怖くて表面上は付き合っているだけ」
ガンマは手に持つナイフの量を増やしていた。
「そんならよ、やめちまえよ、宿命の司なんて。他の司がいなくなっても
世界は回り続けてる。だったらお前がやめたところでなんの問題も無くね?」
フェイテルは目を伏せた。
「それは嫌よ。司をやめるということは、死ぬということですもの」
「はん。結局死ぬのが怖いのか」
言うがいなや、ガンマは大量のナイフをフェイテルに投げつける。
避けることができないフェイテルの頬を、体を、ナイフが通過する。
そして、数本、彼女の体に突き刺さった。
「っ!?」
フェイテルは痛みを感じない。しかし自分の体にナイフが刺さっている様子に
驚きを隠さなかった。
「下克上だ。お前の司としての決まりごとが優先されるか、
それともこの島での無力になった決まりごとが優先されるか、試してやるよ」
まだ手に持っていたナイフをぺろりとなめると、ガンマは跳ぶ。
「やめなさい、ガンマ!!」
そのとき、たまたま帰ってきたカルニアの悲鳴にも似た叫びが聞こえた。
刹那、ガンマの体は大量の光の槍に貫かれていた。
「こ、れ、は…」
槍の勢いに押され、ガンマは遠くへ飛んでいく。
カルニアがそれを追い、ガンマの元へ駆け寄った。
「緊急事態です。アレを使っても文句は言わないでくださいよ」
そう言いながら、カルニアは光の槍を引き抜こうとする。
「…くっ……」
「おい、お、お前…」
ジュワっという音がした。よく見なくても、光の槍を持つカルニアの手が
少しづつ消えていっている。ガンマはその事実に狼狽した。
「……なんで、オレのために。お前、自分が第一なんだろ?
オレたちのことなんて緊急用食料としか思ってねーくせに」
「五月蝿い、ですね。あなたは、私の、息子、なんですよ」
息も絶え絶えにカルニアは言う。その言葉にガンマは絶句した。
(マジかよ…)
それをにこにこと見守るフェイテル。
「そうよ。カルニアは本当は優しいのだから。いい子」
カランカラン…
音を立てて、フェイテルに刺さっていたナイフが地に落ちる。
確かに刺さっていたはずなのに、傷跡は全く無かった。
「こんなに力を入れているのに! どうして抜けないんでしょうか…!
ごめんなさい、ガンマ。今の私は本来の姿に戻れるほどの魔力を
持っていないんです。だからこの姿のままなんとかするしか、ないのです…」
ガンマは目を閉じた。
徐々に自分の体から力が抜けていくのがわかる。
これで4度目か。そう考えた。
1回目は、村で殺されたとき。
2回目は、自分の命を支えていた存在が消えたとき。
3回目は、化け物と化して戦った結果、敗北したとき…
「もういいんだぜ」
初めて、カルニアに優しい声をかけた気がする。
その証拠にカルニアが息を呑む音が聞こえた。
「お前が消えたら、オレたちの世界の奴らが困るじゃねーか。
…ああ、あんな連中どうでもいいんだっけか? ひゃはははは」
普段どおりにしゃべったつもりだった。しかし、なにか冷たいものが顔に当たる。
「?」
ガンマはカルニアを見る。――カルニアは、泣いていた。
「なに泣いてるんだよ。散々オレサマをこき使っておいてよ」
ぐすっぐすっとしゃくりあげるカルニア。
「それとこれとでは話が違います。嫌です。私は、貴方を助けますよ」
そう言って、また槍を持つ手に力を入れたのだろう。
ジュワジュワと音を立てて、彼の手から煙が出る。
「優しいカルニア。おやめなさい。この槍は宿命の槍。私に反逆したものを貫く物。
抜くのは不可能よ」
「……」
カルニアは鞄から赤いポーションの入ったビンを取り出した。
「とりあえずこれを飲んでください。貴方がこれを嫌っているのは知っています。
でも、貴方を存命させるにはこれしかないんです」
ガンマはにやり、と笑った。
いつもと違うカルニアの姿が、面白く感じられたのだ。
そして、言う。
「飲まねぇよ。飲んだところで、槍が刺さったままでも平気になるくらいだろ?
これはオレサマの勝手な行動の結果だ。自業自得なんだよ」
カルニアはぶんぶんと首を振る。
「でも、なにもしないまま、貴方を死なせるのは嫌です!」
「ハハハッ、だったらあの時のように、また作り直してくれよ。
そのほうがきっとカンタンだぜ?」
カルニアは涙を拭うこともせず、ガンマを見つめた。
「そのときには、貴方とは違うガンマができてしまうかもしれないんですよ」
「ハッ」
ガンマは短く笑った。
「そんときはそんとき。お前は知らないと思うけど、オレサマの魂は、お前より
ずーっと長生きなんだぜ? やっと眠りにつけて万々歳だ」
「そんな…」
ガンマはゆっくり手を伸ばして、光の槍からカルニアの手を振り払った。
「じゃあな。また縁があったら、また会おうぜ」
そう言うと、ガンマはゆっくり目を閉じる。
光の槍が光を増幅させ、ガンマの体を包み込んだ。
そして、彼が消えるのに、そんなに時間はかからなかった。
「……」
呆然とカルニアは立ち尽くしていた。
「私に逆らっても勝てない。その宿命を理解していたのに、
飛び掛ってくるなんて、愚かな子」
フェイテルが静かに言う。
「カルニア? あなたはどうするの?」
問われた男は目を閉じた。ここで攻撃したところで、なにも変わりはしないのだ。
「――私は貴方の配下です。貴方に従います」
静かに、平然と言ったつもりだった。
しかし、瞳から零れ落ちた涙は、偽りでもなんでもなかった。
自分を維持していた存在が消え、自分も同時に消えることを覚悟していた
しかし、そうはならなかった
なぜなら、その存在の上位の存在が、
オレたちに直接裁きを下すためにオレを維持したと言う
今回の一件は世界のためにやったと見せかけて、
ただ単に混乱を見て楽しみたかったのだと言った
ふざけるな
オレたちは貴様の玩具じゃねぇ
----------
遺跡外である。
カルニアはいつものように、生産の技術を買ってくれる人を探しに出かけた。
シャルは買出し担当だが、今回は荷物が多いので、それを減らしに行っている。
フェイテルはひとりでぽつんとしていた。
そこに忍び寄る影。
フェイテルは下ろしていた腕を持ち上げ、水晶を抱えなおした。
「なにをするつもりかしら? ――トパーズ・ラシダス」
ぴたり、と影の進行が止まる。
「ちっ。やっぱり気がついてやがったか。億の時が流れたんだ、
ちっぽけな人間のことなんて忘れてくれていてよかったんだがなぁ」
そういって、気配を消すのをやめ、乱暴にザッザッザッと彼は歩いてきた。
ピンクの髪をさらりと流した髪型の男――ガンマだ。
「いつから気がついていた?」
どかっとフェイテルの横に座り、手に持っていたナイフで自分の指をツンツンと
いじりながら彼は問う。
「そうね」
フェイテルはいつもどおりの笑顔。
「あなたが邪霊にもかかわらず、私に呼び出されたいと言い出した頃から、
なにかあるわと思っていたわ」
「はーん」
生返事。今度はナイフをくるくると回している。
「あまりに昔のことだったから、思い出すのに苦労したわ。
オルドビス君、だったかしら。あの子の家にあなたがいるとき、
仲良くしている生き物を見ても、すぐに、私からのプレゼントを
激しく憎悪していた人間がいたことを思い出せなかったもの」
フェイテルからのプレゼント。
世界に住むあらゆる者の願いを叶える存在。
ただし、その存在が生きるためには、人々の苦しみが必要だった、哀れな存在。
「そのまま忘れてくれていていいのによぉ。なにも知らないまま、
くたばってくれたって、オレサマは一向に構わねぇんだから」
そして世界は、願いを叶える存在の奪い合いに発展、混乱に陥り、
それは、最終的に破壊された。
その後、現れた願いを叶える存在の「創造主」。
それが、フェイテルだった。
「お前にとっちゃ、オレサマなんてちっぽけな存在だろ?
わざわざ覚えてくれていてありがとよ、フルネームだなんてご丁寧に、まあ」
次に彼の口から出たのは皮肉。
フェイテルはさらに瞳をきつく閉じ微笑むと、水晶を撫でた。
「貴方の宿命、見せてもらったわ。罪を重ね、その罰として魂が消えることは
許されず、そして、また罪を重ね続ける…」
その言葉にガンマは、なるほどなぁ、と言う。
「この島では、お前の能力、ほぼ無意味になっていると知ったから、
利用されることでお前の傍に接近しようとしていたが…
もともとお前の管理下なら宿命はちゃんと見えるのか」
ナイフが宙を舞った。ぽい、ぽいと何度か投げると、
ガンマはそれをキャッチして息を吐き出した。
「つーことは、アレか? 『あの世界』の存在である以上、オレサマは
『お前に勝つことができない宿命』の下にいる、というのも変わりねぇのか」
フェイテルは下を向いているガンマの視野内に顔を入れた。
笑顔のままである。
「そのとおりよ。
本当はね、私に従いたいと思っている邪心なんていないの。
シャルは縛られていることを極端に嫌っている。
カルニアは自分が頂点に立っていないと気がすまない子。
エリアスは私のことを潜在的に憎んでいる。
フォーゼだって、きっと」
「はーん」
ガンマはまた生返事をした。
「意外だぜ。お前からそんなネガティブな考えが出てくるなんてな。
見た感じ、あいつら楽しそうに敵と遊んでるじゃねぇか」
「邪心のお腹の中なんてそんなものよ。
ただ私が怖くて表面上は付き合っているだけ」
ガンマは手に持つナイフの量を増やしていた。
「そんならよ、やめちまえよ、宿命の司なんて。他の司がいなくなっても
世界は回り続けてる。だったらお前がやめたところでなんの問題も無くね?」
フェイテルは目を伏せた。
「それは嫌よ。司をやめるということは、死ぬということですもの」
「はん。結局死ぬのが怖いのか」
言うがいなや、ガンマは大量のナイフをフェイテルに投げつける。
避けることができないフェイテルの頬を、体を、ナイフが通過する。
そして、数本、彼女の体に突き刺さった。
「っ!?」
フェイテルは痛みを感じない。しかし自分の体にナイフが刺さっている様子に
驚きを隠さなかった。
「下克上だ。お前の司としての決まりごとが優先されるか、
それともこの島での無力になった決まりごとが優先されるか、試してやるよ」
まだ手に持っていたナイフをぺろりとなめると、ガンマは跳ぶ。
「やめなさい、ガンマ!!」
そのとき、たまたま帰ってきたカルニアの悲鳴にも似た叫びが聞こえた。
刹那、ガンマの体は大量の光の槍に貫かれていた。
「こ、れ、は…」
槍の勢いに押され、ガンマは遠くへ飛んでいく。
カルニアがそれを追い、ガンマの元へ駆け寄った。
「緊急事態です。アレを使っても文句は言わないでくださいよ」
そう言いながら、カルニアは光の槍を引き抜こうとする。
「…くっ……」
「おい、お、お前…」
ジュワっという音がした。よく見なくても、光の槍を持つカルニアの手が
少しづつ消えていっている。ガンマはその事実に狼狽した。
「……なんで、オレのために。お前、自分が第一なんだろ?
オレたちのことなんて緊急用食料としか思ってねーくせに」
「五月蝿い、ですね。あなたは、私の、息子、なんですよ」
息も絶え絶えにカルニアは言う。その言葉にガンマは絶句した。
(マジかよ…)
それをにこにこと見守るフェイテル。
「そうよ。カルニアは本当は優しいのだから。いい子」
カランカラン…
音を立てて、フェイテルに刺さっていたナイフが地に落ちる。
確かに刺さっていたはずなのに、傷跡は全く無かった。
「こんなに力を入れているのに! どうして抜けないんでしょうか…!
ごめんなさい、ガンマ。今の私は本来の姿に戻れるほどの魔力を
持っていないんです。だからこの姿のままなんとかするしか、ないのです…」
ガンマは目を閉じた。
徐々に自分の体から力が抜けていくのがわかる。
これで4度目か。そう考えた。
1回目は、村で殺されたとき。
2回目は、自分の命を支えていた存在が消えたとき。
3回目は、化け物と化して戦った結果、敗北したとき…
「もういいんだぜ」
初めて、カルニアに優しい声をかけた気がする。
その証拠にカルニアが息を呑む音が聞こえた。
「お前が消えたら、オレたちの世界の奴らが困るじゃねーか。
…ああ、あんな連中どうでもいいんだっけか? ひゃはははは」
普段どおりにしゃべったつもりだった。しかし、なにか冷たいものが顔に当たる。
「?」
ガンマはカルニアを見る。――カルニアは、泣いていた。
「なに泣いてるんだよ。散々オレサマをこき使っておいてよ」
ぐすっぐすっとしゃくりあげるカルニア。
「それとこれとでは話が違います。嫌です。私は、貴方を助けますよ」
そう言って、また槍を持つ手に力を入れたのだろう。
ジュワジュワと音を立てて、彼の手から煙が出る。
「優しいカルニア。おやめなさい。この槍は宿命の槍。私に反逆したものを貫く物。
抜くのは不可能よ」
「……」
カルニアは鞄から赤いポーションの入ったビンを取り出した。
「とりあえずこれを飲んでください。貴方がこれを嫌っているのは知っています。
でも、貴方を存命させるにはこれしかないんです」
ガンマはにやり、と笑った。
いつもと違うカルニアの姿が、面白く感じられたのだ。
そして、言う。
「飲まねぇよ。飲んだところで、槍が刺さったままでも平気になるくらいだろ?
これはオレサマの勝手な行動の結果だ。自業自得なんだよ」
カルニアはぶんぶんと首を振る。
「でも、なにもしないまま、貴方を死なせるのは嫌です!」
「ハハハッ、だったらあの時のように、また作り直してくれよ。
そのほうがきっとカンタンだぜ?」
カルニアは涙を拭うこともせず、ガンマを見つめた。
「そのときには、貴方とは違うガンマができてしまうかもしれないんですよ」
「ハッ」
ガンマは短く笑った。
「そんときはそんとき。お前は知らないと思うけど、オレサマの魂は、お前より
ずーっと長生きなんだぜ? やっと眠りにつけて万々歳だ」
「そんな…」
ガンマはゆっくり手を伸ばして、光の槍からカルニアの手を振り払った。
「じゃあな。また縁があったら、また会おうぜ」
そう言うと、ガンマはゆっくり目を閉じる。
光の槍が光を増幅させ、ガンマの体を包み込んだ。
そして、彼が消えるのに、そんなに時間はかからなかった。
「……」
呆然とカルニアは立ち尽くしていた。
「私に逆らっても勝てない。その宿命を理解していたのに、
飛び掛ってくるなんて、愚かな子」
フェイテルが静かに言う。
「カルニア? あなたはどうするの?」
問われた男は目を閉じた。ここで攻撃したところで、なにも変わりはしないのだ。
「――私は貴方の配下です。貴方に従います」
静かに、平然と言ったつもりだった。
しかし、瞳から零れ落ちた涙は、偽りでもなんでもなかった。
「すなすなさばーく、ずぶずぶ沈むよどこまでもォ~♪」
シャルが歌っている。
しかし、それに突っ込む者はいない。いつものことだからだ。
「そろそろね」
フェイテルが足を止める。
「そろそろ?」
エリアスが聞き返す。先頭を歩いていたフェイテルは足を止め、振り返った。
そこにあったのは、いつもの笑顔。
「そうよ。同行者さんとまだ一緒にいたのはここのため」
フェイテルは同行者の名を呼ばない。
なんか寂しいなーとシャルは思っていた。
だが、呼ばないということは、呼ぶことによってなにか弊害が生じるのが
彼女には見えているということなのだろうと、邪心たちは理解して黙っている。
「こことは?」
カルニアが問う。するとフェイテルはククっと小さく笑い声を出すと、
笑顔を深くした。
「貴方が問うの? 貴方にならわかるはずよ」
言われ、カルニアは辺りを見回した。
辺りは砂漠がどこまでも広がっている。あちこちに廃棄されたと思われる箱が
点在していた。
「それにしても殺風景だな。いや、箱があるだけマシかぁ?」
ガンマが、辺りを観察しているカルニアの頭の上に腕を乗せ
さらにその上に顎を乗せてつぶやく。
「そうですよ!」
カルニアはガンマの土台にされていたので、するりとしゃがんで抜け出すと、
ある箱を指差した。
「あの箱。見た目はただの箱ですが――」
「オバケだぞー!」
シャルが唐突に声を上げる。
もう、驚かさないでください、とカルニアはシャルに言う。無駄なことだが。
案の定シャルはあっはっはーと笑って回るだけだ。
「そうね。シャルはその敏感な感性、カルニアは命を作り出す力、
エリアスには真実を見抜く力がある。誰が気が付いてもおかしくなかったわね」
すごい集団ねー。のほほんと言うフェイテルに、一同はぐったりする。
(言いたい。すごく言いたい)
(お前が一番おかしい)
(というかチートでしょう、存在自体が!)
邪心たちの心がひとつになり、テレパシーが可能となった!
「それどころじゃねーだろ」
ガンマが言う。
その目の前で、先程カルニアが指摘しようとしていた箱が動き出す。
「そして、これだけじゃないの。もっと問題なのは――」
足元がぐらりと揺れると、砂が持ち上がっていく。
「どひゃあ!」
「すげぇ…砂の集合体に命が宿っているのか……」
さらさらと砂を撒き散らしながら、持ち上がった砂場のある部分から集中的に
砂が落ちる。それは、『彼ら』の目と口になった。
「サンドゴーレムと、チープゴーレム」
ぽつりとつぶやくフェイテル。
「いや、サンドはいいんですけど、チープって箱に失礼じゃないですか!」
カルニアが突っ込む。しかしフェイテルは
「仕方がないじゃない。そういう名前なんだから」
と、さらっと言った。
「最初の2~3発を往なしてくれりゃ後は何とかなる …頼んだぜっ」
同行者の声を聞いて、邪心たちは、はっと顔を上げた。
「破壊の精霊よ!」
エリアスが叫ぶ。一般人には見えない、青く、とがった楕円形の存在が主と、
その上位の存在の武器に宿る。
フェイテルはそれらをくるくるとまとめながら呟く。
「――おいで」
すると、ひらりと刃をまとった存在が現れた。
その後ろに控えるはカルニア。
「生命の息吹よ我に従え、フェイテル様の影となってその御身を守りたまえ!」
いつになく真剣な瞳と声で。
しかしそれは次の瞬間には崩れる。
「さ、さ、さ。さあ、どうぞ~」
カバンから赤い液体の入ったポーション瓶を取り出し、貴重な砂漠の草にさっと、
中身を振りかけた。
「あ…」
「それは! むっさいの!」
エリアスが思わず声を漏らし、シャルが嫌そうな声を出す。
「はい♪ 歩行雑草さんです~」
「やめれ!」
「やめろ!」
ブーイングが鳴り響くが、カルニアは涼しい顔。
「もうやっちゃいましたー☆」
「モッサァァァァァァァッ!!」
「いーやー!!!」
シャルは対抗したのか、いつも以上に大きな声を出して地団駄を踏んだ。
するとフェイテルに落ちる不吉な色をした光。
「こ、これは…?」
「仮初の活力! マ…じゃなかった、同行者さん、なんてものを!」
これは自滅を誘う危険な技。それを知るカルニアは真っ青になって叫んだ。
しかし、技を受けた当の本人はけろりとしている。
「いいじゃないの。体力も増えるのよ?」
「で、でも…自滅は恐ろしいものですよ」
フェイテルはにこりと笑う。
「大丈夫。直に治るわ」
「いいじゃねえかカルニア。本人がいいって言ってるんだからよ」
ガンマが口を挟む。
「うう…」
「もういい。俺は先に行く」
沈黙を保っていたエリアスはそう言うと、さっと前に出た。
そしてチープと呼ばれるゴーレムに、ざっくりと剣を突き立てる。
「…音が……」
なんというか、バリバリ、みたいな音がした。
エリアスが戸惑っている間に、刃を携えた召喚獣がひらりとゴーレムに襲い掛かる。反撃を受けるも、たいていは踊るかのように、見事に回避した。
「…ッ、続ける……」
それを見て、われに返ったエリアスは、剣を手にゴーレム1体に狙いを定め、
走りぬく!
「今回は昨日ほどうまくは行きそうにないね!」
シャルが高テンションで独り言を言う。
あっという間にフェイテルとカルニアが召喚した者たちは倒れてしまったのだ。
「ならば、ショーを始めましょう!」
カルニアはそう言うと、魔力を一気に収束させた。
「さあ、行きますよ」
4色の光弾が4つの属性を帯びてチープゴーレムに襲い掛かる。
「うまくいったようね。でも次はないわよ」
静かに言うフェイテル。
「え?」
「魔力、ほとんど切れたわ」
その瞬間、カルニアのデッサンが、がくーんと砕け散った。
「そ、そんなぁ~」
事実上の退場命令である。
カルニアはしょんぼりすると、とぼとぼと歩いて消えた。
「消えることはねーのにな」
「ねー」
なにもしていないガンマはそう言ってケタケタ笑う。
同じくなにもしていないシャルも同意してにこにこぱあっと笑う。
その頃、前線ではチープゴーレム2体が倒れたので、もう動かないかエリアスが
つんつんして確かめていた。
その背後に、影。
言うまでも無くサンドゴーレムだが、エリアスはその体に剣を向け斬りつけてみた。
砂がさらさらと舞うが、意外なことに手ごたえがあった。
(これなら、いける…)
とはいうものの、同行者の技、マリスの威力があってこそ、なのだが。
それから互いに殴り合いという名の消耗戦になった。
エリアスがひとり、剣を振り、フェイテルを守っている。
シャルとガンマはヤーヤーと応援をするのみ。
いつ頃まで続いただろうか…
ある瞬間、自滅の呪いが発動したのだ。が。
フェイテルの持つ の回復の力でほぼ無傷で済んだ。
「仮初めの力と言うけれど。便利なものよね」
フェイテルはのんびりと言う。人間だったら茶でも飲んでいそうな勢いだ。
「少しは、自分で、避ける努力を、してくれないか…
それに大変なのは俺だけではない」
肩で息をするエリアスは、同行者のことを気にかけた。
彼女も働きっぱなしなのだ。
「そっか! じゃあ元気になるおまじないをしてあげよう!」
「いや…そういうことではなくてだな……」
エリアスは眉をひそめて言う。しかしこれ以上、彼の語彙では自分たちの苦労を
表現することができなかった。
仕方なく、剣を構えなおすと、再び戦いに向かうエリアスであった。
そして長い長いマリス合戦が終わり、サンドゴーレムは砂へと化した。
「白い砂だったのね」
フェイテルはそう言い、砂をすくい上げる。
「…おつかれ。おまえのおかげで助かった」
エリアスは同行者に頭を下げた。その後ろで起こる拍手。
「おっつかれー!」
「フェイテルサマも追い詰められなくてよかったね!
カルの復活技のお世話にもならなかったし!」
ガンマとシャルだ。
「本当になにもしないとはな…」
恨みがましくエリアスが言う。
「まあ。エリーらしくないワ!」
シャルが茶化す。
「………」
エリアスは沈黙した後、はあ、と息を吐いた。
「さあ。この先に行きましょう。シャル、私は疲れたわ。背負って頂戴」
「えー! このもやしっ子にそういうこと言うの?!」
「でも普通の子に比べたら丈夫じゃないの」
フェイテルは涼しい顔である。
言われたら逆らえない宿命のシャルはしぶしぶフェイテルを背負う。
ガンマは同行者に手を差し出そうとしたが、断られた。
「ここでお別れのようね」
フェイテルは水晶を覗いてぽつりとつぶやいた。
「そうなのか。じゃあねー! アナタの旅路にいいことがありますよーにー!」
シャルはぶんぶんとフェイテルを背負ったまま手を振り回した。
やはりフェイテルの言うとおり、問題はなにも無かったようである。
それから各自、別れの言葉を言い、別々の道を歩き出した。
「にーらー出会う、ストーリー♪」
シャルは再び歌いだす…
シャルが歌っている。
しかし、それに突っ込む者はいない。いつものことだからだ。
「そろそろね」
フェイテルが足を止める。
「そろそろ?」
エリアスが聞き返す。先頭を歩いていたフェイテルは足を止め、振り返った。
そこにあったのは、いつもの笑顔。
「そうよ。同行者さんとまだ一緒にいたのはここのため」
フェイテルは同行者の名を呼ばない。
なんか寂しいなーとシャルは思っていた。
だが、呼ばないということは、呼ぶことによってなにか弊害が生じるのが
彼女には見えているということなのだろうと、邪心たちは理解して黙っている。
「こことは?」
カルニアが問う。するとフェイテルはククっと小さく笑い声を出すと、
笑顔を深くした。
「貴方が問うの? 貴方にならわかるはずよ」
言われ、カルニアは辺りを見回した。
辺りは砂漠がどこまでも広がっている。あちこちに廃棄されたと思われる箱が
点在していた。
「それにしても殺風景だな。いや、箱があるだけマシかぁ?」
ガンマが、辺りを観察しているカルニアの頭の上に腕を乗せ
さらにその上に顎を乗せてつぶやく。
「そうですよ!」
カルニアはガンマの土台にされていたので、するりとしゃがんで抜け出すと、
ある箱を指差した。
「あの箱。見た目はただの箱ですが――」
「オバケだぞー!」
シャルが唐突に声を上げる。
もう、驚かさないでください、とカルニアはシャルに言う。無駄なことだが。
案の定シャルはあっはっはーと笑って回るだけだ。
「そうね。シャルはその敏感な感性、カルニアは命を作り出す力、
エリアスには真実を見抜く力がある。誰が気が付いてもおかしくなかったわね」
すごい集団ねー。のほほんと言うフェイテルに、一同はぐったりする。
(言いたい。すごく言いたい)
(お前が一番おかしい)
(というかチートでしょう、存在自体が!)
邪心たちの心がひとつになり、テレパシーが可能となった!
「それどころじゃねーだろ」
ガンマが言う。
その目の前で、先程カルニアが指摘しようとしていた箱が動き出す。
「そして、これだけじゃないの。もっと問題なのは――」
足元がぐらりと揺れると、砂が持ち上がっていく。
「どひゃあ!」
「すげぇ…砂の集合体に命が宿っているのか……」
さらさらと砂を撒き散らしながら、持ち上がった砂場のある部分から集中的に
砂が落ちる。それは、『彼ら』の目と口になった。
「サンドゴーレムと、チープゴーレム」
ぽつりとつぶやくフェイテル。
「いや、サンドはいいんですけど、チープって箱に失礼じゃないですか!」
カルニアが突っ込む。しかしフェイテルは
「仕方がないじゃない。そういう名前なんだから」
と、さらっと言った。
「最初の2~3発を往なしてくれりゃ後は何とかなる …頼んだぜっ」
同行者の声を聞いて、邪心たちは、はっと顔を上げた。
「破壊の精霊よ!」
エリアスが叫ぶ。一般人には見えない、青く、とがった楕円形の存在が主と、
その上位の存在の武器に宿る。
フェイテルはそれらをくるくるとまとめながら呟く。
「――おいで」
すると、ひらりと刃をまとった存在が現れた。
その後ろに控えるはカルニア。
「生命の息吹よ我に従え、フェイテル様の影となってその御身を守りたまえ!」
いつになく真剣な瞳と声で。
しかしそれは次の瞬間には崩れる。
「さ、さ、さ。さあ、どうぞ~」
カバンから赤い液体の入ったポーション瓶を取り出し、貴重な砂漠の草にさっと、
中身を振りかけた。
「あ…」
「それは! むっさいの!」
エリアスが思わず声を漏らし、シャルが嫌そうな声を出す。
「はい♪ 歩行雑草さんです~」
「やめれ!」
「やめろ!」
ブーイングが鳴り響くが、カルニアは涼しい顔。
「もうやっちゃいましたー☆」
「モッサァァァァァァァッ!!」
「いーやー!!!」
シャルは対抗したのか、いつも以上に大きな声を出して地団駄を踏んだ。
するとフェイテルに落ちる不吉な色をした光。
「こ、これは…?」
「仮初の活力! マ…じゃなかった、同行者さん、なんてものを!」
これは自滅を誘う危険な技。それを知るカルニアは真っ青になって叫んだ。
しかし、技を受けた当の本人はけろりとしている。
「いいじゃないの。体力も増えるのよ?」
「で、でも…自滅は恐ろしいものですよ」
フェイテルはにこりと笑う。
「大丈夫。直に治るわ」
「いいじゃねえかカルニア。本人がいいって言ってるんだからよ」
ガンマが口を挟む。
「うう…」
「もういい。俺は先に行く」
沈黙を保っていたエリアスはそう言うと、さっと前に出た。
そしてチープと呼ばれるゴーレムに、ざっくりと剣を突き立てる。
「…音が……」
なんというか、バリバリ、みたいな音がした。
エリアスが戸惑っている間に、刃を携えた召喚獣がひらりとゴーレムに襲い掛かる。反撃を受けるも、たいていは踊るかのように、見事に回避した。
「…ッ、続ける……」
それを見て、われに返ったエリアスは、剣を手にゴーレム1体に狙いを定め、
走りぬく!
「今回は昨日ほどうまくは行きそうにないね!」
シャルが高テンションで独り言を言う。
あっという間にフェイテルとカルニアが召喚した者たちは倒れてしまったのだ。
「ならば、ショーを始めましょう!」
カルニアはそう言うと、魔力を一気に収束させた。
「さあ、行きますよ」
4色の光弾が4つの属性を帯びてチープゴーレムに襲い掛かる。
「うまくいったようね。でも次はないわよ」
静かに言うフェイテル。
「え?」
「魔力、ほとんど切れたわ」
その瞬間、カルニアのデッサンが、がくーんと砕け散った。
「そ、そんなぁ~」
事実上の退場命令である。
カルニアはしょんぼりすると、とぼとぼと歩いて消えた。
「消えることはねーのにな」
「ねー」
なにもしていないガンマはそう言ってケタケタ笑う。
同じくなにもしていないシャルも同意してにこにこぱあっと笑う。
その頃、前線ではチープゴーレム2体が倒れたので、もう動かないかエリアスが
つんつんして確かめていた。
その背後に、影。
言うまでも無くサンドゴーレムだが、エリアスはその体に剣を向け斬りつけてみた。
砂がさらさらと舞うが、意外なことに手ごたえがあった。
(これなら、いける…)
とはいうものの、同行者の技、マリスの威力があってこそ、なのだが。
それから互いに殴り合いという名の消耗戦になった。
エリアスがひとり、剣を振り、フェイテルを守っている。
シャルとガンマはヤーヤーと応援をするのみ。
いつ頃まで続いただろうか…
ある瞬間、自滅の呪いが発動したのだ。が。
フェイテルの持つ の回復の力でほぼ無傷で済んだ。
「仮初めの力と言うけれど。便利なものよね」
フェイテルはのんびりと言う。人間だったら茶でも飲んでいそうな勢いだ。
「少しは、自分で、避ける努力を、してくれないか…
それに大変なのは俺だけではない」
肩で息をするエリアスは、同行者のことを気にかけた。
彼女も働きっぱなしなのだ。
「そっか! じゃあ元気になるおまじないをしてあげよう!」
「いや…そういうことではなくてだな……」
エリアスは眉をひそめて言う。しかしこれ以上、彼の語彙では自分たちの苦労を
表現することができなかった。
仕方なく、剣を構えなおすと、再び戦いに向かうエリアスであった。
そして長い長いマリス合戦が終わり、サンドゴーレムは砂へと化した。
「白い砂だったのね」
フェイテルはそう言い、砂をすくい上げる。
「…おつかれ。おまえのおかげで助かった」
エリアスは同行者に頭を下げた。その後ろで起こる拍手。
「おっつかれー!」
「フェイテルサマも追い詰められなくてよかったね!
カルの復活技のお世話にもならなかったし!」
ガンマとシャルだ。
「本当になにもしないとはな…」
恨みがましくエリアスが言う。
「まあ。エリーらしくないワ!」
シャルが茶化す。
「………」
エリアスは沈黙した後、はあ、と息を吐いた。
「さあ。この先に行きましょう。シャル、私は疲れたわ。背負って頂戴」
「えー! このもやしっ子にそういうこと言うの?!」
「でも普通の子に比べたら丈夫じゃないの」
フェイテルは涼しい顔である。
言われたら逆らえない宿命のシャルはしぶしぶフェイテルを背負う。
ガンマは同行者に手を差し出そうとしたが、断られた。
「ここでお別れのようね」
フェイテルは水晶を覗いてぽつりとつぶやいた。
「そうなのか。じゃあねー! アナタの旅路にいいことがありますよーにー!」
シャルはぶんぶんとフェイテルを背負ったまま手を振り回した。
やはりフェイテルの言うとおり、問題はなにも無かったようである。
それから各自、別れの言葉を言い、別々の道を歩き出した。
「にーらー出会う、ストーリー♪」
シャルは再び歌いだす…
「なんだろうね、彼ら」
立ちはだかった人の群れに、シャルは感情のこもっていない声で感想を述べた。
「そういえば、変なアルミ缶が言ってましたねー。
この先は軍の支配下にあるとかなんとか」
カルニアが目を逸らしながら言う。
「軍? そんなのボクには関係ないよ。ボク、軍人に興味あんまりない。
自由が無いんでしょ?」
シャルはそう低テンションで答えながら、カルニアを観察する。
「なに目逸らしてるの?」
「え、その、あの…あの人も軍人さんなんですか?」
シャルは首を傾げ、一体なにを言っているのか考える。
「あの女の人のことよ」
フェイテルがさらりと言った。
「あー…
ごめんねカル。ボク、ぺったんこのほうが好みなんだ」
そう言いながら、ぷらぷらとエリアスのほうに歩くシャル。
なぜなら、エリアスが彼らを見てからぴくりとも動かないからだ。
「どしたの?」
顔を覗き込む。
するとエリアスは目を見開いて、硬直していた。
「同じ顔が3つ並んでいる…!」
「それは言っちゃダメだよ!」
シャルの指摘が耳に入っていないのか、エリアスは呟き続ける。
「3つ子か? いや、それにしては髪の色が違う。しかし…顔はそっくりだ。
どういうことなんだ、一体…!?」
仕方がないので、シャルはエリアスの首に腕を回すと、
ずるずると後列へ引っ張っていった。
「オトナの事情なの。考えない考えない」
「むう…」
エリアスは納得がいかないと、目で訴えていた。シャルはもちろん、スルー。
「さあ。そろそろはじめましょう。同行者さんにも悪いから」
フェイテルが淡々と言う。そだね、とシャルは答えた。
「ここを通すことはできません」
×3。エリアスは再びすごい戦慄の走った顔をして叫ぶ。
「言っていることも同じだ!」
「黙ろう」
馬鹿正直者には、オトナの事情というものがさっぱり通じないのである。
シャルは短く言うと、残りはなにがなんでもスルーしようと決めた。
シャルはこの技を使うことになるとは思わなかったよ、と言いながら、
風の精霊を行使し、フェイテルが少しでも動けるように術を唱えた。
エリアスも自分と同属性の邪霊を呼び出し、珍しい型の戦闘モードだ。
これでしばらくはボケをかましたりはしないだろう。
カルニアは、装備しているカバンから、赤い液体<スペシャル調味料α>を
取り出すと、地面に生えている草に一滴、それを落とした。
するとみるみるうちに草は変貌し、歩行雑草になった。
「なんだあれは!」
「むさい! 主に顔がむさい!」
ぎょっとする一行を無視して、カルニアはうまくいったことにご機嫌で鼻歌を歌う。
「これで準備万端ですね~♪」
「はいよ、オレサマも行くぜ!」
カルニアの頭をわざわざ起点にし、ぴょいと前線に飛び出たガンマは、
腰のウエストポーチから鉄塊を取り出し、放り投げた。
「おらぁ! 鉱石、仕事しやがれ!」
すると鉱石に命が宿り、1つの盾となった。
草を生き物に変えるように、鉱石を生き物に変えることはカルニアにも
できるのだが、やり慣れているガンマに任せることにしているらしい。
「お見事です! さすがですね、ガンマ」
「ふん。お前に褒められても嬉しくねぇぜ」
「すごいぞ、ガンマ!」
すかさずシャルが褒める。
するとガンマは困ったように眉をひそめてから、そっぽを向いた。
照れているのかもしれない。
そんなことをしている間に、前列には歩行雑草とリビングシールド、
冒険者は後衛の配置になった。
単純なのか、小隊は前衛ばかりを攻撃する。
「ワォ! これでしばらく耐えられるじゃーん」
シャルが嬉しそうに言う横で、エリアスが剣を持ってトコトコと
小隊に向かっていく。
「避けるなよ」
そう言われて避けないのは、よっぽどの馬鹿正直さんだけだと思われる。
エリアスは剣を3回振り回したが、2回は避けられてしまった。
「………まだ未熟だな」
ぼそり。
彼は呟くと、再び剣を構えた。
そして、狙いを定め、斬りかかる――
それなのに小隊たちはまだ召喚物の相手をしていた。
「いやあ、そろそろマズイかな?」
シャルが悠長に言う。
「暢気で何よりです。行きますよ、仕掛けてきたのは、貴方たちなのですから!」
カルニアが手を振り上げると、4つの元素が彼の手の周りに収束した。
「ファルスフォード(偽りの魂よ)! …あらら」
魔法の集中攻撃は、半分をなんなく避けられてしまう。
「呪術でも覚えましょっか? 私の必殺技が避けられるのは
とてもプライドに傷がつきます」
「いいよいいよ! 呪術はボクの得意分野だからね!」
「技のお勉強はあとにして頂戴ね」
フェイテルがのんびり言う。ダメージを受けていないので、
いつもにも増してのんびりだ。
その間にガンマの生み出したシールドがぶっ飛んでいったり、
歩行雑草が倒れたりした。
「うーん…さすがに育ちきったあの歩行雑草さんに比べると脆いですね」
「育ちきった?」
シャルが反応する。戦闘中なんですけどね。カルニアは苦笑して、短く答える。
「昔この島にいたときに同行していたペッターさんが、
すごく強く歩行雑草さんを育てていたんですよ」
そのおかげで歩行雑草に抵抗無いんですよねー。
カルニアは結局おしゃべりしまくると、ニコニコと笑った。
「おのれ…」
エリアスが呟く。彼は後ろのおしゃべりタイムの間も前線で小隊の相手を
していたのだが、思ったよりダメージを与えられないことにイラついていた。
さらに、その分をガツンと回復されてしまったのである。
その悔しさからか、エリアスの手に力が入る。そして、一気に一人を斬り捨てた。
血が、飛ぶ。
「…………」
それを見ながら、エリアスはため息をついた。
「いや。俺はここの獣も今まで斬り捨ててきた。人も、獣も、斬ったことの罪は
さほど変わらぬ…」
しかし、それを癒した女性に、どこか安堵してしまったのもある。
(まだ、俺は覚悟ができていないということか…)
エリアスは考えながら、しかし、剣を振り続ける。
それがわかるフェイテルはいつもの微笑みを浮かべながら、悩みながらも戦う
エリアスを褒めた。
よくやったわね、いい子、と。
「………」
複雑な気分になる彼。褒められても、全く嬉しく感じなかったと後に言った。
残ったのは、女性、ただひとり。
それでも彼女は落ち着き払っていた。
そこに同行者と、エリアスが攻撃を叩き込む。
あっさり戦意を失った彼女は、倒れた3つ子(仮)を連れて、
どこかへ飛び立っていった。
「なに考えているかわからない人だったねー」
思ったままの感想を述べるシャル。
「そうですね。フェイテル様並みの理解不能でしたね」
カルニアが同意する。
比較対象にされたフェイテルは、特に気にした様子も無く、
同行者のもとへ歩いていった。
「ほとんど怪我が無かったわ。ありがとう。貴方の作戦のおかげよ」
そう言って、一礼、した。
「!」
「?」
「!?」
驚く邪心一行。
「大変だー大変だー 明日の天気は杵! それから臼!」
シャルがきゃあきゃあ騒ぐ。
それすらも無視して、フェイテルは静かに先へ歩いていくのだった。
その日の夜。
シャルはカルニアが作った料理を、合同宿舎の住民たち全員で囲む中、
フェイテルが頭を下げた事件をハイテンションで語った。
「…ペンキのことに興味は無い」
宿舎主のオルドビスの反応は薄い。
なぜ、フェイテルがペンキと呼ばれるのか。それはまた別のお話。
「もー、そんなこと言わずに聞いてよ!」
「お前の話はループするからもううんざりだ」
主はぷいとそっぽを向いた。
ぷいぷいぷいぷい…
なにか音がする。
「ほら、ペンキの話はやめろと『ぱたぱた』も言っている」
視線の先にはテーブルにちょこんと座っている小さな生き物。
青い髪と瞳、黒尽くめの服は、どこかフェイテルを連想させる。しかし、
その生き物は男の子のようだ。そして、背中には一対の黒い翼がついている。
一切しゃべらない『それ』は、翼をぱたぱたさせて感情表現をするため、
シャルが『ぱたぱた』とテキトーに名付けたのである。
ちなみに、感情表現は他にもあって、杖をぷいぷい振ることである。
先程の音は、これだ。
名前、『ぷいぷい』のほうが良かったかなぁ? とシャルは言い、手元の茶を飲む。
「じゃあ、なに話そうか?
オルドビスをいかにあの島に連れて行くかの議論でもする?」
「断る」
即座に否定の言葉が返ってきたので、シャルはぷうと頬を膨らませた。
「なんで?」
「面倒だ」
このオルドビスという男、大変な面倒くさがりやなのである。
「もーう。オルドビスー? そんなことだからー、ボクに勝てないんだぞう?」
そう言ってシャルはオルドビスに接近する。彼が努力すれば、もしかしたら
自分は負けるかもしれない。シャルはそう考えていた。
負けたら大変なことになるというのに、全く気にしていないようだ。
「触れるな」
オルドビスは槍を取り出して、シャルの鼻先につきつけた。
ここより先に前進したら、刺す、という警告である。
ちぇー、とシャルは言い、離れた。
「しっかし…」
ガンマがぽつりと呟く。
「オレサマたち、いつ解放されるのかねぇ? ここにいたらいたで
ろくなことしない奴等が多いから、オルドビスは楽でいいかもしれねーけどよ」
「さてね。フェイテル様のことだから、いつ引き上げることになるかは
ご存知のような気がしますけど…」
そして、『ぱたぱた』に目をやる。
「もしかしたら、デスティニー様に、強制排除、させられるかもしれませんね」
これは『ぱたぱた』に対する問いかけだった。しかし彼は興味なさげに、
ぷい、とそっぽを向くだけ。
「あらま」
期待したものを全く得られなかったのでカルニアは残念そうに呟く。
「まあいいじゃないの。ボクはあの島好きだし?」
懐かしい顔もあるしね~。シャルは歌った。
もぐもぐと食事を食べるエリアスはなにも言わない。
ガンマはフォークをぷらぷらさせながら、
「あの王様はなんて言うだろね? あの人も忙しいからな」
今回呼び出されなかったフォーゼについて触れた。
「そうですね。あの方も早く解放されたいと思っていると思いますよ」
根拠はありませんが。カルニアはそう付け足す。
「いずれにせよ、ボクたちはフェイテルサマに、支配されているからね。
諦めるしかないさ」
シャルはらしくないことを言う。
「おや。自由の邪心がなにをおっしゃるのです」
その言葉を聞いてシャルは、そうだね。いつかは下克上しちゃう?
あーはっはっはっは。と呪いの笑いをするのであった。
耳を塞ぎながら、オルドビスがぽつりと呟く。
「ペンキは気に入らんが…
こいつらがいなくなるのなら、このままでも構わないかもな」
と。
立ちはだかった人の群れに、シャルは感情のこもっていない声で感想を述べた。
「そういえば、変なアルミ缶が言ってましたねー。
この先は軍の支配下にあるとかなんとか」
カルニアが目を逸らしながら言う。
「軍? そんなのボクには関係ないよ。ボク、軍人に興味あんまりない。
自由が無いんでしょ?」
シャルはそう低テンションで答えながら、カルニアを観察する。
「なに目逸らしてるの?」
「え、その、あの…あの人も軍人さんなんですか?」
シャルは首を傾げ、一体なにを言っているのか考える。
「あの女の人のことよ」
フェイテルがさらりと言った。
「あー…
ごめんねカル。ボク、ぺったんこのほうが好みなんだ」
そう言いながら、ぷらぷらとエリアスのほうに歩くシャル。
なぜなら、エリアスが彼らを見てからぴくりとも動かないからだ。
「どしたの?」
顔を覗き込む。
するとエリアスは目を見開いて、硬直していた。
「同じ顔が3つ並んでいる…!」
「それは言っちゃダメだよ!」
シャルの指摘が耳に入っていないのか、エリアスは呟き続ける。
「3つ子か? いや、それにしては髪の色が違う。しかし…顔はそっくりだ。
どういうことなんだ、一体…!?」
仕方がないので、シャルはエリアスの首に腕を回すと、
ずるずると後列へ引っ張っていった。
「オトナの事情なの。考えない考えない」
「むう…」
エリアスは納得がいかないと、目で訴えていた。シャルはもちろん、スルー。
「さあ。そろそろはじめましょう。同行者さんにも悪いから」
フェイテルが淡々と言う。そだね、とシャルは答えた。
「ここを通すことはできません」
×3。エリアスは再びすごい戦慄の走った顔をして叫ぶ。
「言っていることも同じだ!」
「黙ろう」
馬鹿正直者には、オトナの事情というものがさっぱり通じないのである。
シャルは短く言うと、残りはなにがなんでもスルーしようと決めた。
シャルはこの技を使うことになるとは思わなかったよ、と言いながら、
風の精霊を行使し、フェイテルが少しでも動けるように術を唱えた。
エリアスも自分と同属性の邪霊を呼び出し、珍しい型の戦闘モードだ。
これでしばらくはボケをかましたりはしないだろう。
カルニアは、装備しているカバンから、赤い液体<スペシャル調味料α>を
取り出すと、地面に生えている草に一滴、それを落とした。
するとみるみるうちに草は変貌し、歩行雑草になった。
「なんだあれは!」
「むさい! 主に顔がむさい!」
ぎょっとする一行を無視して、カルニアはうまくいったことにご機嫌で鼻歌を歌う。
「これで準備万端ですね~♪」
「はいよ、オレサマも行くぜ!」
カルニアの頭をわざわざ起点にし、ぴょいと前線に飛び出たガンマは、
腰のウエストポーチから鉄塊を取り出し、放り投げた。
「おらぁ! 鉱石、仕事しやがれ!」
すると鉱石に命が宿り、1つの盾となった。
草を生き物に変えるように、鉱石を生き物に変えることはカルニアにも
できるのだが、やり慣れているガンマに任せることにしているらしい。
「お見事です! さすがですね、ガンマ」
「ふん。お前に褒められても嬉しくねぇぜ」
「すごいぞ、ガンマ!」
すかさずシャルが褒める。
するとガンマは困ったように眉をひそめてから、そっぽを向いた。
照れているのかもしれない。
そんなことをしている間に、前列には歩行雑草とリビングシールド、
冒険者は後衛の配置になった。
単純なのか、小隊は前衛ばかりを攻撃する。
「ワォ! これでしばらく耐えられるじゃーん」
シャルが嬉しそうに言う横で、エリアスが剣を持ってトコトコと
小隊に向かっていく。
「避けるなよ」
そう言われて避けないのは、よっぽどの馬鹿正直さんだけだと思われる。
エリアスは剣を3回振り回したが、2回は避けられてしまった。
「………まだ未熟だな」
ぼそり。
彼は呟くと、再び剣を構えた。
そして、狙いを定め、斬りかかる――
それなのに小隊たちはまだ召喚物の相手をしていた。
「いやあ、そろそろマズイかな?」
シャルが悠長に言う。
「暢気で何よりです。行きますよ、仕掛けてきたのは、貴方たちなのですから!」
カルニアが手を振り上げると、4つの元素が彼の手の周りに収束した。
「ファルスフォード(偽りの魂よ)! …あらら」
魔法の集中攻撃は、半分をなんなく避けられてしまう。
「呪術でも覚えましょっか? 私の必殺技が避けられるのは
とてもプライドに傷がつきます」
「いいよいいよ! 呪術はボクの得意分野だからね!」
「技のお勉強はあとにして頂戴ね」
フェイテルがのんびり言う。ダメージを受けていないので、
いつもにも増してのんびりだ。
その間にガンマの生み出したシールドがぶっ飛んでいったり、
歩行雑草が倒れたりした。
「うーん…さすがに育ちきったあの歩行雑草さんに比べると脆いですね」
「育ちきった?」
シャルが反応する。戦闘中なんですけどね。カルニアは苦笑して、短く答える。
「昔この島にいたときに同行していたペッターさんが、
すごく強く歩行雑草さんを育てていたんですよ」
そのおかげで歩行雑草に抵抗無いんですよねー。
カルニアは結局おしゃべりしまくると、ニコニコと笑った。
「おのれ…」
エリアスが呟く。彼は後ろのおしゃべりタイムの間も前線で小隊の相手を
していたのだが、思ったよりダメージを与えられないことにイラついていた。
さらに、その分をガツンと回復されてしまったのである。
その悔しさからか、エリアスの手に力が入る。そして、一気に一人を斬り捨てた。
血が、飛ぶ。
「…………」
それを見ながら、エリアスはため息をついた。
「いや。俺はここの獣も今まで斬り捨ててきた。人も、獣も、斬ったことの罪は
さほど変わらぬ…」
しかし、それを癒した女性に、どこか安堵してしまったのもある。
(まだ、俺は覚悟ができていないということか…)
エリアスは考えながら、しかし、剣を振り続ける。
それがわかるフェイテルはいつもの微笑みを浮かべながら、悩みながらも戦う
エリアスを褒めた。
よくやったわね、いい子、と。
「………」
複雑な気分になる彼。褒められても、全く嬉しく感じなかったと後に言った。
残ったのは、女性、ただひとり。
それでも彼女は落ち着き払っていた。
そこに同行者と、エリアスが攻撃を叩き込む。
あっさり戦意を失った彼女は、倒れた3つ子(仮)を連れて、
どこかへ飛び立っていった。
「なに考えているかわからない人だったねー」
思ったままの感想を述べるシャル。
「そうですね。フェイテル様並みの理解不能でしたね」
カルニアが同意する。
比較対象にされたフェイテルは、特に気にした様子も無く、
同行者のもとへ歩いていった。
「ほとんど怪我が無かったわ。ありがとう。貴方の作戦のおかげよ」
そう言って、一礼、した。
「!」
「?」
「!?」
驚く邪心一行。
「大変だー大変だー 明日の天気は杵! それから臼!」
シャルがきゃあきゃあ騒ぐ。
それすらも無視して、フェイテルは静かに先へ歩いていくのだった。
その日の夜。
シャルはカルニアが作った料理を、合同宿舎の住民たち全員で囲む中、
フェイテルが頭を下げた事件をハイテンションで語った。
「…ペンキのことに興味は無い」
宿舎主のオルドビスの反応は薄い。
なぜ、フェイテルがペンキと呼ばれるのか。それはまた別のお話。
「もー、そんなこと言わずに聞いてよ!」
「お前の話はループするからもううんざりだ」
主はぷいとそっぽを向いた。
ぷいぷいぷいぷい…
なにか音がする。
「ほら、ペンキの話はやめろと『ぱたぱた』も言っている」
視線の先にはテーブルにちょこんと座っている小さな生き物。
青い髪と瞳、黒尽くめの服は、どこかフェイテルを連想させる。しかし、
その生き物は男の子のようだ。そして、背中には一対の黒い翼がついている。
一切しゃべらない『それ』は、翼をぱたぱたさせて感情表現をするため、
シャルが『ぱたぱた』とテキトーに名付けたのである。
ちなみに、感情表現は他にもあって、杖をぷいぷい振ることである。
先程の音は、これだ。
名前、『ぷいぷい』のほうが良かったかなぁ? とシャルは言い、手元の茶を飲む。
「じゃあ、なに話そうか?
オルドビスをいかにあの島に連れて行くかの議論でもする?」
「断る」
即座に否定の言葉が返ってきたので、シャルはぷうと頬を膨らませた。
「なんで?」
「面倒だ」
このオルドビスという男、大変な面倒くさがりやなのである。
「もーう。オルドビスー? そんなことだからー、ボクに勝てないんだぞう?」
そう言ってシャルはオルドビスに接近する。彼が努力すれば、もしかしたら
自分は負けるかもしれない。シャルはそう考えていた。
負けたら大変なことになるというのに、全く気にしていないようだ。
「触れるな」
オルドビスは槍を取り出して、シャルの鼻先につきつけた。
ここより先に前進したら、刺す、という警告である。
ちぇー、とシャルは言い、離れた。
「しっかし…」
ガンマがぽつりと呟く。
「オレサマたち、いつ解放されるのかねぇ? ここにいたらいたで
ろくなことしない奴等が多いから、オルドビスは楽でいいかもしれねーけどよ」
「さてね。フェイテル様のことだから、いつ引き上げることになるかは
ご存知のような気がしますけど…」
そして、『ぱたぱた』に目をやる。
「もしかしたら、デスティニー様に、強制排除、させられるかもしれませんね」
これは『ぱたぱた』に対する問いかけだった。しかし彼は興味なさげに、
ぷい、とそっぽを向くだけ。
「あらま」
期待したものを全く得られなかったのでカルニアは残念そうに呟く。
「まあいいじゃないの。ボクはあの島好きだし?」
懐かしい顔もあるしね~。シャルは歌った。
もぐもぐと食事を食べるエリアスはなにも言わない。
ガンマはフォークをぷらぷらさせながら、
「あの王様はなんて言うだろね? あの人も忙しいからな」
今回呼び出されなかったフォーゼについて触れた。
「そうですね。あの方も早く解放されたいと思っていると思いますよ」
根拠はありませんが。カルニアはそう付け足す。
「いずれにせよ、ボクたちはフェイテルサマに、支配されているからね。
諦めるしかないさ」
シャルはらしくないことを言う。
「おや。自由の邪心がなにをおっしゃるのです」
その言葉を聞いてシャルは、そうだね。いつかは下克上しちゃう?
あーはっはっはっは。と呪いの笑いをするのであった。
耳を塞ぎながら、オルドビスがぽつりと呟く。
「ペンキは気に入らんが…
こいつらがいなくなるのなら、このままでも構わないかもな」
と。
ボクはシャル。
ボクはシャル・ウェスター・ヨタ・スカイ。
――そして、アンジャスティス。
普通の人間じゃないんだ。
むしろ力あるものなんだ。
力を振るうときは気をつけなくちゃいけないんだ。
そんな存在なんだ。
なのに。
ボクをいつしか支配する意識がある。
いや、それこそがボク?
わからない。わからないよ。
-------------
「お前さ、どうして街中にいるときは人間のフリをしてるわけ?」
オルドビスがボクに尋ねる。
そう、ボクは街中にいるときは『風波飛翔』と名乗っている。
そして『不正義教』を布教している。
つまり、自分で自分を布教しているんだ。別人のフリをして。
滑稽なことだけど、なぜかみんなはそこをツッコまない。
なんでだろう。
そしてボクは、どうしてそんな滑稽なことをしているんだろう。
「おい、聞いてるか?」
オルドビスの声。
そうだよね。ボク、よく人の話、聞いてないもん。
「聞いてるよ~。ただどうしてか、よくわからなかったから考えてただけ」
「お前がわからないなら、俺は余計にわからん」
ボクは、解釈を彼に求めたのだろうか? そんなつもりは無かったんだけどなー。
「ただわかることはね、街にいるボクはただの人間だよ。
オルドビスには敵わない、ひしょー、なの」
「ほぅ…」
オルドビスの顔に影が落ちる。
「ならそのうちに邪心教本部を燃やしてやろうか」
ボクは全身の血が凍って、それから一気に頭に上った。
「やめて! お願いやめて!」
懇願する。
するとオルドビスはにやりと笑って
「ふぅん…嫌がることをするってこんなに楽しいものなんだな」
と言った。
そりゃさ、ボクの趣味はオルドビスに嫌がらせすることだよ?
でもこんなところまでボクに似なくてもさぁ…
あ、オルドビスはね、ボクが卵から育てた子なんだー。
いや、それどころじゃなかった。
邪心教本部が燃やされるのはホントに困る。
あそこにはボクなんかを頼ってきてくれるヒトや、
ボクを信じてくれるヒトが生活しているところなんだ。
それに、あそこには…
『オモイデ』があるんだ。なにがなんでも守らなくちゃ。
「もう、オルドビスったら。そんなことしたら、ボク、オルドビスに
一生付いてまわっちゃうゾ☆」
「憑く、の間違いだろ。第一しなくてもお前、憑いてくる気だろ」
超必死なのを隠して、ボクは言ってみる。
オルドビスは冷ややかにツッこんできた。その言葉からすれば、
どうせ同じならやってしまえ、とも受け取れなくもないけど、
ぷいとそっぽを向いて、冷めた目に戻っていたからダイジョウブだと思う。
「うん! だってオルドビス、かわいいもん!」
そう言って、スキンシップしようとしたら、鎌で刺された。
「ギャン!」
「見苦しい…」
そう言ってオルドビスは立ち去っていく。どこ行くの~?
というボクの問いも無視して。
ひとりになったボクは、自分の部屋に帰る。
そこのイスに腰掛けて、脚をプラプラさせながら続きを考える。
「ねえ飛翔。キミは一体なんなの?」
声に出して聞いてみた。
答えはもちろん無い、だって飛翔はボクだもの。
飛翔はボク。
そのことすら、本当はよくわからない。
ゆっくり考えることにする。客観的に。
主体で考えると、ボクはボクでボクとはこうで…というボクループに
なってしまいそうだから。
飛翔は、アンジャスティスが人間を試すために人間の赤子に化けた姿。
もちろんアンジャスティスがいなくなると困るため、力だけを分離し、
邪悪な力を吸収する存在としていた。
それから飛翔は19年間、幽閉に近い状態で成長する。
そして最後に、アンジャスティスを崇める者たちの手で殺された。
そこもアンジャスティスの想定範囲内。
あとは元の状態に戻り、アンジャスティスがまた世界で邪悪な力を吸収するだけの
生活に戻るはずだった。
しかし、想定外の出来事が起こる。
飛翔は死んだはずなのに、アンジャスティスに戻らず、
異世界に飛ばされてしまったのだ。
人間:風波飛翔として。力も無く。
しかしアンジャスティスとしての自覚や記憶や心は持っていた。
だからいつか世界に戻れれば問題は無い。はずだった。
だが、飛翔は変わっていく。
そこに住む人々と接するにつれ、今まで持っていなかった感情を次々と習得した。
人にはあまり近づかなかったのに、気がつけば環の中にいた。
起こる事件に自ら足をつっこみまくった。
人々のため、毎日歩きながら、アンジャスティスの布教をし、邪悪な力を吸収した。
布教の中で、負の感情の回収を拒まれ、心の底から驚いたこともあった。
死にそうな人を助けるために走り回った。
壊れてしまいそうな関係を守るため、毎日のように足を運んだりもした。
たくさん話した。
知らないことがいっぱいあることを思い知った。
その延長上で、恋もした。
そうして、風波飛翔とアンジャスティスは乖離を始めていた。
しかし、その世界から戻ったとき、アンジャスティスは本来の状態に戻った。
つまり、飛翔は消えた。
消えたはずだ。
しかし、アンジャスティスはそこでの出来事を自分の体験だと思っている。
つまり、アンジャスティスは飛翔に支配されてしまったのではないか?
「ふにー」
一度、思考を止める。
「もう! 難しすぎてボクわかんない~!」
足をじたばたと動かす。
「待て落ち着こう。一度に考えると脳みそがとろけて
ヨーグルトになってしまいそうだ」
独り言を呟きながら、部屋の冷蔵庫の戸を開き、作り溜めてある青汁を取り出す。
グラスになみなみと注ぎ、手を合わせてイタダキマスの挨拶をすると、
ぐっと飲み干した。
「うまーい!」
嬉しくて声を出す。
青汁は大好きなのでおいしいと感じるのはいつものことだったが、
今日はなお一層美味しく感じる。
なぜだろう? 考えてからあることに気がついて驚いた。
「ボ、ボク…泣いてた?!」
慌てて目元を拭う。そして机の引き出しから鏡を取り出し、
自分の顔をしげしげと見た。
「目が白ウサギさんだー」
あははっ。
自分の無意識下の行動がおかしくて、笑いを漏らす。
「そうだよ。やっぱりあそこの生活は、『ボク』の大切な、大切な、
『オモイデ』。」
そう再認識するように、ゆっくりと、噛み締めて言う。
「よーし、がんばっちゃうぞ! ボクが一体なんなのか、
はっきりさせちゃうんだもんね!」
気合を入れて、ベッドにダイビングした。
思い出してみれば、もともと自分がアンジャスティス=邪悪な存在となったのは、
兄弟喧嘩が発端だった。
シャルの本当の兄弟たちは、それぞれが属性と方角を司る竜。
そして、あるときある世界に腰を下ろし、そこを護っていた。
しかし、世界の人々が生み出す負の感情に嫌気がさした者がいた。
そして彼は言った。
「負の感情が世界を汚している。その原因は人々の自由な考え方だ。
よってそれを規制し、正の感情だけを持つように指導する」
それにコンマ0.1秒以下で反対したのがシャルだった。
「人が自由に考えるから面白いんじゃん!」
と。
考えを規制されている不自然な状態が、いいとはどうしても思えなかったのだ。
そして口論の末、自分が負の感情によって世界が汚れないよう、
それを回収する役をすることになった。
そして次第に白銀だった体は灰色へ変わり、考え方も変わっていってしまったのだ。
「そうだよ」
思い出した。
「ボクはヒトが好きで。自由な考え方が好きで、羨ましくて。
ヒトになりたいとすら思ったことがあったんじゃないか」
そしてその願いはアンジャスティスとなり、忘れてしまったころ
叶った夢だったのだ。
「そっかぁ…」
つまり、飛翔はシャルの願いだった、「人間のボク」だったのだ。
それを体験して、人々の中で生きて、たくさんのものをもらって。
「飛翔はウェスター=ヨタ=スカイだったんだ。だから元のアンジャスティスに
戻っても、飛翔としての意思と記憶のほうが強かったんだ」
なーんだ。
謎が解けて、口元が自然に緩む。
自由を愛したウェスター=ヨタ=スカイ。それが一番最初の自分なのだから、
自由だった世界にいたときのことが全ての原動力になっていてもおかしくない。
そして人間の自分が好きだから、普段は人間並みに力を落として、
人間だったときの名前を名乗っているのだ。
「だけど、ボクは力ある存在。守護することを義務付けられた存在。
だからいつも飛翔でいるわけにはいかないんだ」
守護することはもう、嫌ではない。
大好きな、人たちを、護る、ということだから。
ボクはシャル・ウェスター・ヨタ・スカイ。
――そして、アンジャスティス。
普通の人間じゃないんだ。
むしろ力あるものなんだ。
力を振るうときは気をつけなくちゃいけないんだ。
そんな存在なんだ。
なのに。
ボクをいつしか支配する意識がある。
いや、それこそがボク?
わからない。わからないよ。
-------------
「お前さ、どうして街中にいるときは人間のフリをしてるわけ?」
オルドビスがボクに尋ねる。
そう、ボクは街中にいるときは『風波飛翔』と名乗っている。
そして『不正義教』を布教している。
つまり、自分で自分を布教しているんだ。別人のフリをして。
滑稽なことだけど、なぜかみんなはそこをツッコまない。
なんでだろう。
そしてボクは、どうしてそんな滑稽なことをしているんだろう。
「おい、聞いてるか?」
オルドビスの声。
そうだよね。ボク、よく人の話、聞いてないもん。
「聞いてるよ~。ただどうしてか、よくわからなかったから考えてただけ」
「お前がわからないなら、俺は余計にわからん」
ボクは、解釈を彼に求めたのだろうか? そんなつもりは無かったんだけどなー。
「ただわかることはね、街にいるボクはただの人間だよ。
オルドビスには敵わない、ひしょー、なの」
「ほぅ…」
オルドビスの顔に影が落ちる。
「ならそのうちに邪心教本部を燃やしてやろうか」
ボクは全身の血が凍って、それから一気に頭に上った。
「やめて! お願いやめて!」
懇願する。
するとオルドビスはにやりと笑って
「ふぅん…嫌がることをするってこんなに楽しいものなんだな」
と言った。
そりゃさ、ボクの趣味はオルドビスに嫌がらせすることだよ?
でもこんなところまでボクに似なくてもさぁ…
あ、オルドビスはね、ボクが卵から育てた子なんだー。
いや、それどころじゃなかった。
邪心教本部が燃やされるのはホントに困る。
あそこにはボクなんかを頼ってきてくれるヒトや、
ボクを信じてくれるヒトが生活しているところなんだ。
それに、あそこには…
『オモイデ』があるんだ。なにがなんでも守らなくちゃ。
「もう、オルドビスったら。そんなことしたら、ボク、オルドビスに
一生付いてまわっちゃうゾ☆」
「憑く、の間違いだろ。第一しなくてもお前、憑いてくる気だろ」
超必死なのを隠して、ボクは言ってみる。
オルドビスは冷ややかにツッこんできた。その言葉からすれば、
どうせ同じならやってしまえ、とも受け取れなくもないけど、
ぷいとそっぽを向いて、冷めた目に戻っていたからダイジョウブだと思う。
「うん! だってオルドビス、かわいいもん!」
そう言って、スキンシップしようとしたら、鎌で刺された。
「ギャン!」
「見苦しい…」
そう言ってオルドビスは立ち去っていく。どこ行くの~?
というボクの問いも無視して。
ひとりになったボクは、自分の部屋に帰る。
そこのイスに腰掛けて、脚をプラプラさせながら続きを考える。
「ねえ飛翔。キミは一体なんなの?」
声に出して聞いてみた。
答えはもちろん無い、だって飛翔はボクだもの。
飛翔はボク。
そのことすら、本当はよくわからない。
ゆっくり考えることにする。客観的に。
主体で考えると、ボクはボクでボクとはこうで…というボクループに
なってしまいそうだから。
飛翔は、アンジャスティスが人間を試すために人間の赤子に化けた姿。
もちろんアンジャスティスがいなくなると困るため、力だけを分離し、
邪悪な力を吸収する存在としていた。
それから飛翔は19年間、幽閉に近い状態で成長する。
そして最後に、アンジャスティスを崇める者たちの手で殺された。
そこもアンジャスティスの想定範囲内。
あとは元の状態に戻り、アンジャスティスがまた世界で邪悪な力を吸収するだけの
生活に戻るはずだった。
しかし、想定外の出来事が起こる。
飛翔は死んだはずなのに、アンジャスティスに戻らず、
異世界に飛ばされてしまったのだ。
人間:風波飛翔として。力も無く。
しかしアンジャスティスとしての自覚や記憶や心は持っていた。
だからいつか世界に戻れれば問題は無い。はずだった。
だが、飛翔は変わっていく。
そこに住む人々と接するにつれ、今まで持っていなかった感情を次々と習得した。
人にはあまり近づかなかったのに、気がつけば環の中にいた。
起こる事件に自ら足をつっこみまくった。
人々のため、毎日歩きながら、アンジャスティスの布教をし、邪悪な力を吸収した。
布教の中で、負の感情の回収を拒まれ、心の底から驚いたこともあった。
死にそうな人を助けるために走り回った。
壊れてしまいそうな関係を守るため、毎日のように足を運んだりもした。
たくさん話した。
知らないことがいっぱいあることを思い知った。
その延長上で、恋もした。
そうして、風波飛翔とアンジャスティスは乖離を始めていた。
しかし、その世界から戻ったとき、アンジャスティスは本来の状態に戻った。
つまり、飛翔は消えた。
消えたはずだ。
しかし、アンジャスティスはそこでの出来事を自分の体験だと思っている。
つまり、アンジャスティスは飛翔に支配されてしまったのではないか?
「ふにー」
一度、思考を止める。
「もう! 難しすぎてボクわかんない~!」
足をじたばたと動かす。
「待て落ち着こう。一度に考えると脳みそがとろけて
ヨーグルトになってしまいそうだ」
独り言を呟きながら、部屋の冷蔵庫の戸を開き、作り溜めてある青汁を取り出す。
グラスになみなみと注ぎ、手を合わせてイタダキマスの挨拶をすると、
ぐっと飲み干した。
「うまーい!」
嬉しくて声を出す。
青汁は大好きなのでおいしいと感じるのはいつものことだったが、
今日はなお一層美味しく感じる。
なぜだろう? 考えてからあることに気がついて驚いた。
「ボ、ボク…泣いてた?!」
慌てて目元を拭う。そして机の引き出しから鏡を取り出し、
自分の顔をしげしげと見た。
「目が白ウサギさんだー」
あははっ。
自分の無意識下の行動がおかしくて、笑いを漏らす。
「そうだよ。やっぱりあそこの生活は、『ボク』の大切な、大切な、
『オモイデ』。」
そう再認識するように、ゆっくりと、噛み締めて言う。
「よーし、がんばっちゃうぞ! ボクが一体なんなのか、
はっきりさせちゃうんだもんね!」
気合を入れて、ベッドにダイビングした。
思い出してみれば、もともと自分がアンジャスティス=邪悪な存在となったのは、
兄弟喧嘩が発端だった。
シャルの本当の兄弟たちは、それぞれが属性と方角を司る竜。
そして、あるときある世界に腰を下ろし、そこを護っていた。
しかし、世界の人々が生み出す負の感情に嫌気がさした者がいた。
そして彼は言った。
「負の感情が世界を汚している。その原因は人々の自由な考え方だ。
よってそれを規制し、正の感情だけを持つように指導する」
それにコンマ0.1秒以下で反対したのがシャルだった。
「人が自由に考えるから面白いんじゃん!」
と。
考えを規制されている不自然な状態が、いいとはどうしても思えなかったのだ。
そして口論の末、自分が負の感情によって世界が汚れないよう、
それを回収する役をすることになった。
そして次第に白銀だった体は灰色へ変わり、考え方も変わっていってしまったのだ。
「そうだよ」
思い出した。
「ボクはヒトが好きで。自由な考え方が好きで、羨ましくて。
ヒトになりたいとすら思ったことがあったんじゃないか」
そしてその願いはアンジャスティスとなり、忘れてしまったころ
叶った夢だったのだ。
「そっかぁ…」
つまり、飛翔はシャルの願いだった、「人間のボク」だったのだ。
それを体験して、人々の中で生きて、たくさんのものをもらって。
「飛翔はウェスター=ヨタ=スカイだったんだ。だから元のアンジャスティスに
戻っても、飛翔としての意思と記憶のほうが強かったんだ」
なーんだ。
謎が解けて、口元が自然に緩む。
自由を愛したウェスター=ヨタ=スカイ。それが一番最初の自分なのだから、
自由だった世界にいたときのことが全ての原動力になっていてもおかしくない。
そして人間の自分が好きだから、普段は人間並みに力を落として、
人間だったときの名前を名乗っているのだ。
「だけど、ボクは力ある存在。守護することを義務付けられた存在。
だからいつも飛翔でいるわけにはいかないんだ」
守護することはもう、嫌ではない。
大好きな、人たちを、護る、ということだから。