定期更新型ネットゲーム「Ikki Fantasy」「Sicx Lives」「Flase Island」と「Seven Devils」、「The Golden Lore」の記録です。
カテゴリー「定期日誌」の記事一覧
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「それで、猫と合体☆しちゃった子はどうなったの?
どうせフェイテルサマのことだから、知ってるんでしょ?」
シャルが言うと、フェイテルは立ち止まって、ちらとカルニアのほうを見た。
「……?」
カルニアには思い当たる事柄がない。不思議そうな視線を投げ返す。
「その世界から消えたわけでは無かったわ。ただ、生まれた地からは遠いところへ
飛んでいったの。融合のショックでね。そこから彼女は旅をして、
ある街にたどり着いたわ」
「遠いところとか、ある街とか…。名前はないの、名前」
ぷうと口を尖らせてシャルが言う。フェイテルはくすくすと笑った。
「大人の事情よ」
一言で片付ける。
「その街には、彼女と同じように、魔物と融合している人たちが多かったの。
その中でも自分は強く、仲良くやっているのだと知って、彼女は自信を持ったわ。
もちろん、魔物と融合しているだなんて危ないと考える人もいる。
それすら彼女は楽しんで、必ず名乗るときは融合体だと名乗ったわ」
「ふーん…」
納得したようなしていないような返答のシャル。
「そしてその街で、ある少年と出会うの。黒髪で青の瞳の子。
その子は自分の体験ではないことを、自分の体験だと思い込んでしまっていたの」
「まためんどくさいのが出てきたね」
シャルが言う。
「あら? その子の正体わかった?」
フェイテルは嬉しそうな声で言う。
「え? そ、そういうわけじゃないケド…」
気おされて、シャルは口ごもる。するとフェイテルは声のトーンを下げて、
あらそう。とだけ言った。
「住んでいる地区も違う。特に共通点もなし。だけど、なぜか戦いになると
顔を合わせる、そんな関係だったわ。少女は、これが腐れ縁と言うものですわねと
考えたみたい。少年は、ただの知り合いだと考えていたようだけれど」
「そして?」
カルニアが言う。
「フェイテル様はなにをおっしゃろうとしているのですか?」
「そんなに急かさないで頂戴。深い意味は無いわ。
ただ――宿命を縛られた者同士は引かれあう、というだけのこと。さあ」
フェイテルが立ち止まった。
そこには目立つ髪色の青年と少女。
「行く手を阻まれてしまったようね」
のほほん。
そうフェイテルは言うと近場の石に腰掛け、水晶を上に揚げた。
「みんな、お願いね?」
すると、光と共に、エリアスとフォーゼが現れた。
「…戦か」
「これまた強そうな。大丈夫なのかい?」
「大丈夫よ」
フェイテルはにっこり笑う。
「負けても困ることはないわ。急ぎの旅ではないのですもの。
それに頑張るのはみんなよ。みんな次第」
攻撃を受けるのは自分なのに、なんともひとごとである。
「それでいいのー?」
ジト目のシャル。
「痛くないんですか?」
痛くないんです。知らないカルニアは問う。
「また兵士か…数も多いし、これは…」
エリアスは嫌そうに眉をしかめた。
「今回は僕たちだけだしね。召喚しても厳しいんじゃないかな?」
フォーゼは前線に出ないので、少々ひとごとである。
「ほら。向こうが動いてくるわよ」
フェイテルに言われ、4人の邪心は構えた。
---------------
「いいのかよ、動いてさ」
茶色の髪の、悪人面の青年がにやりと笑う。
「………」
青い髪の、無表情の少年が彼のほうを振り返る。
「心配ってのをしてるんだよ。オレサマ、まさかアンタ様に助けられるとは
思ってなかったからよ」
「シンは、よかった…フォセイクも、問題なかった…」
ぼそり、と少年が呟く。
「だが、今は…」
「思いっきりあんにゃろの手の中だもんなァ?」
青年はニヤニヤしている。その姿は、透けて彼の背後が見えるほどである。
「だから、僕が動くしかない」
そう言うと、少年はベージュのマントをどこからか取り出すと羽織った。
「ほいほい。じゃ、オレサマも手伝いますよっと」
彼と同じように透き通ったナイフをぽいぽいっと放り投げると、
青年は少年の隣に並んだ。
「フェイテルを止める。今度こそ」
少年の声に力が入っているように聞こえ、青年は、お? と顔を覗き込んだ。
しかし少年の瞳に光は無かった。
どうせフェイテルサマのことだから、知ってるんでしょ?」
シャルが言うと、フェイテルは立ち止まって、ちらとカルニアのほうを見た。
「……?」
カルニアには思い当たる事柄がない。不思議そうな視線を投げ返す。
「その世界から消えたわけでは無かったわ。ただ、生まれた地からは遠いところへ
飛んでいったの。融合のショックでね。そこから彼女は旅をして、
ある街にたどり着いたわ」
「遠いところとか、ある街とか…。名前はないの、名前」
ぷうと口を尖らせてシャルが言う。フェイテルはくすくすと笑った。
「大人の事情よ」
一言で片付ける。
「その街には、彼女と同じように、魔物と融合している人たちが多かったの。
その中でも自分は強く、仲良くやっているのだと知って、彼女は自信を持ったわ。
もちろん、魔物と融合しているだなんて危ないと考える人もいる。
それすら彼女は楽しんで、必ず名乗るときは融合体だと名乗ったわ」
「ふーん…」
納得したようなしていないような返答のシャル。
「そしてその街で、ある少年と出会うの。黒髪で青の瞳の子。
その子は自分の体験ではないことを、自分の体験だと思い込んでしまっていたの」
「まためんどくさいのが出てきたね」
シャルが言う。
「あら? その子の正体わかった?」
フェイテルは嬉しそうな声で言う。
「え? そ、そういうわけじゃないケド…」
気おされて、シャルは口ごもる。するとフェイテルは声のトーンを下げて、
あらそう。とだけ言った。
「住んでいる地区も違う。特に共通点もなし。だけど、なぜか戦いになると
顔を合わせる、そんな関係だったわ。少女は、これが腐れ縁と言うものですわねと
考えたみたい。少年は、ただの知り合いだと考えていたようだけれど」
「そして?」
カルニアが言う。
「フェイテル様はなにをおっしゃろうとしているのですか?」
「そんなに急かさないで頂戴。深い意味は無いわ。
ただ――宿命を縛られた者同士は引かれあう、というだけのこと。さあ」
フェイテルが立ち止まった。
そこには目立つ髪色の青年と少女。
「行く手を阻まれてしまったようね」
のほほん。
そうフェイテルは言うと近場の石に腰掛け、水晶を上に揚げた。
「みんな、お願いね?」
すると、光と共に、エリアスとフォーゼが現れた。
「…戦か」
「これまた強そうな。大丈夫なのかい?」
「大丈夫よ」
フェイテルはにっこり笑う。
「負けても困ることはないわ。急ぎの旅ではないのですもの。
それに頑張るのはみんなよ。みんな次第」
攻撃を受けるのは自分なのに、なんともひとごとである。
「それでいいのー?」
ジト目のシャル。
「痛くないんですか?」
痛くないんです。知らないカルニアは問う。
「また兵士か…数も多いし、これは…」
エリアスは嫌そうに眉をしかめた。
「今回は僕たちだけだしね。召喚しても厳しいんじゃないかな?」
フォーゼは前線に出ないので、少々ひとごとである。
「ほら。向こうが動いてくるわよ」
フェイテルに言われ、4人の邪心は構えた。
---------------
「いいのかよ、動いてさ」
茶色の髪の、悪人面の青年がにやりと笑う。
「………」
青い髪の、無表情の少年が彼のほうを振り返る。
「心配ってのをしてるんだよ。オレサマ、まさかアンタ様に助けられるとは
思ってなかったからよ」
「シンは、よかった…フォセイクも、問題なかった…」
ぼそり、と少年が呟く。
「だが、今は…」
「思いっきりあんにゃろの手の中だもんなァ?」
青年はニヤニヤしている。その姿は、透けて彼の背後が見えるほどである。
「だから、僕が動くしかない」
そう言うと、少年はベージュのマントをどこからか取り出すと羽織った。
「ほいほい。じゃ、オレサマも手伝いますよっと」
彼と同じように透き通ったナイフをぽいぽいっと放り投げると、
青年は少年の隣に並んだ。
「フェイテルを止める。今度こそ」
少年の声に力が入っているように聞こえ、青年は、お? と顔を覗き込んだ。
しかし少年の瞳に光は無かった。
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遺跡外。
カルニアはいつもどおり、作成をすると言って、バザーのほうへ出かけていった。
シャルは溢れかえった荷物をなんとかしようと、やはりバザーへ出かけていった。
エリアスとフォーゼは、合同宿舎のある世界でお勤め中だ。
フェイテルは遺跡外ではいつもひとり。
辺りを歩いている人や、水晶玉を見て楽しんでいる。
しばらくしてからのことだ。
フェイテルの前を誰かがふわりと通り過ぎた。
「――!?」
そのとき水晶玉を見ていたフェイテルはばっと顔を上げる。
そして通った人物が去っていったであろう方向がどこか、懸命に探した。
遺跡外は忙しい。
多くの人々が行きかうため、自分が見た人物を探すのも一苦労だった。見つけられぬ
まま、フェイテルはその人物を追いかけるためにとうとう立ち上がった。
そして、頼りない足取りで遺跡外の集団の中に入っていく。
見えたのは、ベージュのマントを羽織った、青い髪の、青年というにはまだ若い子。
「デスティ――!」
愛称を呼んでしまってから気がつく。
いるはずがないのだ。彼は暗闇の中、一人で『環』を見ているのだ。
人形のように動かぬ瞳で、ただ腰掛けて環を見ているのだ。
だからこんなところにいるはずが無い。
フェイテルが二言目を発することは無かった。
そしてフェイテルの最初の声も、遺跡外のどよめきの中に消えた。
ひとつ、ため息をついて、水晶玉を見る。
するとシャルが映っていた。たくさんあると言っていた荷物が全部無くなっている。
声は聞こえないが、嬉しそうに手を振っている。
買い取った人に礼を言っているのかもしれない。
フェイテルは1度水晶玉を撫でた。
すると今度はカルニアが映る。
彼は遺跡外ではいつも、自分のできる作成活動を書き出し、
看板にして持っているのだが、とても暇そうである。
なにか呟いて、彼は立ち上がった。
フェイテルにはわかる。そろそろ二人とも集合場所に戻ってくるのだ、と。
「たっだいまー!」
「ただいま帰りました」
全く反対のテンション。シャルはニコニコだ。
「あのねフェイテルサマ。売るもの、全部売れたよー」
「そうなの。いい子」
にこり、とフェイテルはいつもの言葉をかける。
「いくらで売れたんですか?」
カルニアが疲れた表情のまま、シャルに問う。するとシャルはにこぱと笑って、
「50PS!」
と答えた。
瞬間、カルニアは先程まで持っていた看板を取り出してシャルをぶん殴った。
「痛い! なにすんだよ、もー!」
「出血サービスですか!」
カルニアは守銭奴。シャルは全くキニシナイ生き物。
「みんなが喜んでくれたからイイジャナイ!」
「危なっかしいったら…エプロンなんて、下手したら赤字ですよ」
そう言って、シャルから取引伝票を取りあげ、カルニアはチェックしながら
軽くお説教をする。
「それに、荷物が多くて動けないんだもん、確実に売らなくちゃ!」
「それもそうですけど…」
昔、カルニアが商売人をしていたときも、よく安値で販売していたのを思い出す。
「ですがね、安ければいいってものじゃないんですよ。市場が混乱するだけです。
受け売りですけどね」
しかし、商売上手の存在を思い出し、ぽつりと呟く。
「誰の?」
「オルドビスさんですよ」
刹那、オルドビス大好きっ子(オモチャ的な意味で)のシャルはひゃっほー!
と叫んで回りはじめた。
「名前を出すだけで喜ばないでください。
貴方と違って、呼ばれたから出てくる人じゃないんですから」
「わかったよー」
くるくる回りながら、シャルは言う。
「今度からは周りに迷惑をかけないお値段で売るー」
「はい、お願いしますね。あと回るのもやめてくださいね」
すると、ぴたっとシャルは回るのをやめた。
「しかし、だいぶ時間が余ってしまいましたね。これからどうしましょう?」
「合同宿舎に戻ろうよー。ここ暑いから苦手だぁ」
先程まで元気に回っていたくせに、シャルは急にぐったりしてみせた。
「合同宿舎も暑いですよ。四季がある地域なんですから。
むしろこっちのほうが過ごしやすいんじゃないですか?」
「じゃあ、合同宿舎のある世界の雪の国に行くー」
そしてフェイテルのほうを見ながら、飛ばして! 飛ばして! とアピールした。
しかしフェイテルは笑顔のまま動かない。
「フェイテルサマぁ~」
シャルが情けない声を出すと、ようやく彼女は口を開いた。
「退屈なら、ひとつお話をしてあげるわ」
「フェイテルサマぁ~」
どうやら、フェイテルはシャルを別世界に帰したくないらしい。
こう言うと、彼女は勝手に話を始めた。
------------------
フェイテルたちと違う世界。
この島にも多くの異世界人がいるように、
フェイテルとつながりのない世界は多くある。
そんな世界での、お話。
それは、見た目だけならば小さな黒猫にしか見えなかった。
しかしその世界には数多くいる、ある種の魔物であった。
街中でゴロゴロ喉を鳴らし、寄ってきた者(主に子供)を一瞬で食い荒らす。
世間では、謎の行方不明事件とされていた。
ある日、ひとりでその猫に近づいていった少女がいた。
魔物は撫でられて、ゴロゴロ喉を鳴らした。
ひと気が無くなった。その次の瞬間。
魔物は少女を喰らい尽くした。
少女は突然のことでなにが起きたかわからなかった。
突然暗闇の中に放り込まれた、といった感じだったのだ。しかし、
時間が経つにつれて目が慣れてくると、たくさんの人が倒れているのがわかった。
起きている数少ない者達も、泣き叫びながら、あるいは怒りながら
脱出を試みているようだった。
しかしその少女はなにも感じなかった。
ただ、どうしてあの猫がこんなことをしたのだろうと、疑問に思うだけだった。
そして歩き始める。
彼女に気付いた者達が、どうして冷静でいられるのかと問う。
それは少女にもわからなかった。
ただ、あの猫を撫でたときの表情が偽物だと思えなかったのは確かだった。
歩いても、歩いても、周りに倒れている人の数は減らない。
今までの行方不明の人々はすべて猫の仕業だったのだと、少女は悟る。
しかし不思議なことがある。この倒れている人々は普通なのだ。
行方不明事件はかなり昔からぽつぽつと起きていると聞いていた。
だから生きているとしたら、どうやって命を繋いでいるのか。
死んでいるとしたら、なぜ土に還らないのか。
さすがに生死確認はしたくない、と少女は思った。
空間は無限に広がっているのではないかと思うほど、広かった。
しかし、だいぶ遠くまで歩いてきたのであろう、
倒れている人々はいなくなっていた。
それでも少女は歩き続ける。そして。
ふいに、行き止まりが現れた。目が暗闇に慣れていなければ、衝突するくらい、
ふいに行き止まりがあった。
そして、その手前には小さな台。その上には、あの猫。
「なーん」
猫が鳴いた。
少女はその猫を、抱きあげた。
すると猫は驚いた風に首を傾げ、もう一度、なあん、と鳴いた。
「わかりましたわ」
少女は言う。
「寂しかったのですね。だからたくさん人を集めていたのですね。
でもそれは間違った方法ですわ。皆は怖がってばかり」
「なーん…」
少女には、猫がしょんぼりしているように聞こえた。
「私がずっと一緒にいてあげますわ。
だから、ここに捕らえた人を解放してくれませんこと?」
『我と一緒にいるということは、普通の人間でなくなるということだ。
それでも構わぬのか』
思念が送られてきたのが少女にはわかった。
少女はにっこりと笑うと、その猫を撫でた。
「あなたは、大人の言う『魔物』のひとりなのでしょう? 大丈夫。
その魔物と共生している人もいますし――」
今度は猫を抱きしめる。
「私は、あなたが大好きですわ」
それから、行方不明になっていた人々が帰ってきた。
大騒ぎになり、再会を喜んで涙する人々もいた。
しかし、その集団の中に、あの少女は、いなかった。
------------------
「にゅー?」
シャルが鳴き声を発して首をかしげる。
「どうして少女は魔物が好きだったんだろう?」
「最もな疑問ね。でもその答えは簡単」
フェイテルは人差し指を立てて、にっこり笑った。
「魔物とその子は融合するのが宿命だったからよ」
「あなたの仕業ですかっ!」
カルニアが声を上げる。カルニアも猫の姿をした邪霊と融合した存在だったので、
他人事ではないと思っていたのだ。
「でも、貴方より、とても平和な融合でしょう?」
フェイテルの笑顔は崩れない。
カルニアは目を伏せた。
「その魔物を封印するために生まれた、なんて…
やっぱり、宿命を定めるって間違っていますよフェイテル様」
「仕方がないでしょう? 私はそれだけのために生まれてきたのだから」
彼女の声には迷いも怒りも無かった。
「でも、宿命を変えてしまいたい人はいるわ。それは」
「それは?」
きょとん、とシャルが尋ねる。
フェイテルはにっこりと笑って、人差し指を口元にあてた。
「秘密よ」
「にゅー!」
シャルはまた謎の鳴き声をあげて、じたばたした。
それを笑顔で見て、フェイテルはさっさとシャルを希望通りの場所へ飛ばした。
もちろん、宿命を変えてしまいたい対象者は、フェイテル。彼女自身。
カルニアはいつもどおり、作成をすると言って、バザーのほうへ出かけていった。
シャルは溢れかえった荷物をなんとかしようと、やはりバザーへ出かけていった。
エリアスとフォーゼは、合同宿舎のある世界でお勤め中だ。
フェイテルは遺跡外ではいつもひとり。
辺りを歩いている人や、水晶玉を見て楽しんでいる。
しばらくしてからのことだ。
フェイテルの前を誰かがふわりと通り過ぎた。
「――!?」
そのとき水晶玉を見ていたフェイテルはばっと顔を上げる。
そして通った人物が去っていったであろう方向がどこか、懸命に探した。
遺跡外は忙しい。
多くの人々が行きかうため、自分が見た人物を探すのも一苦労だった。見つけられぬ
まま、フェイテルはその人物を追いかけるためにとうとう立ち上がった。
そして、頼りない足取りで遺跡外の集団の中に入っていく。
見えたのは、ベージュのマントを羽織った、青い髪の、青年というにはまだ若い子。
「デスティ――!」
愛称を呼んでしまってから気がつく。
いるはずがないのだ。彼は暗闇の中、一人で『環』を見ているのだ。
人形のように動かぬ瞳で、ただ腰掛けて環を見ているのだ。
だからこんなところにいるはずが無い。
フェイテルが二言目を発することは無かった。
そしてフェイテルの最初の声も、遺跡外のどよめきの中に消えた。
ひとつ、ため息をついて、水晶玉を見る。
するとシャルが映っていた。たくさんあると言っていた荷物が全部無くなっている。
声は聞こえないが、嬉しそうに手を振っている。
買い取った人に礼を言っているのかもしれない。
フェイテルは1度水晶玉を撫でた。
すると今度はカルニアが映る。
彼は遺跡外ではいつも、自分のできる作成活動を書き出し、
看板にして持っているのだが、とても暇そうである。
なにか呟いて、彼は立ち上がった。
フェイテルにはわかる。そろそろ二人とも集合場所に戻ってくるのだ、と。
「たっだいまー!」
「ただいま帰りました」
全く反対のテンション。シャルはニコニコだ。
「あのねフェイテルサマ。売るもの、全部売れたよー」
「そうなの。いい子」
にこり、とフェイテルはいつもの言葉をかける。
「いくらで売れたんですか?」
カルニアが疲れた表情のまま、シャルに問う。するとシャルはにこぱと笑って、
「50PS!」
と答えた。
瞬間、カルニアは先程まで持っていた看板を取り出してシャルをぶん殴った。
「痛い! なにすんだよ、もー!」
「出血サービスですか!」
カルニアは守銭奴。シャルは全くキニシナイ生き物。
「みんなが喜んでくれたからイイジャナイ!」
「危なっかしいったら…エプロンなんて、下手したら赤字ですよ」
そう言って、シャルから取引伝票を取りあげ、カルニアはチェックしながら
軽くお説教をする。
「それに、荷物が多くて動けないんだもん、確実に売らなくちゃ!」
「それもそうですけど…」
昔、カルニアが商売人をしていたときも、よく安値で販売していたのを思い出す。
「ですがね、安ければいいってものじゃないんですよ。市場が混乱するだけです。
受け売りですけどね」
しかし、商売上手の存在を思い出し、ぽつりと呟く。
「誰の?」
「オルドビスさんですよ」
刹那、オルドビス大好きっ子(オモチャ的な意味で)のシャルはひゃっほー!
と叫んで回りはじめた。
「名前を出すだけで喜ばないでください。
貴方と違って、呼ばれたから出てくる人じゃないんですから」
「わかったよー」
くるくる回りながら、シャルは言う。
「今度からは周りに迷惑をかけないお値段で売るー」
「はい、お願いしますね。あと回るのもやめてくださいね」
すると、ぴたっとシャルは回るのをやめた。
「しかし、だいぶ時間が余ってしまいましたね。これからどうしましょう?」
「合同宿舎に戻ろうよー。ここ暑いから苦手だぁ」
先程まで元気に回っていたくせに、シャルは急にぐったりしてみせた。
「合同宿舎も暑いですよ。四季がある地域なんですから。
むしろこっちのほうが過ごしやすいんじゃないですか?」
「じゃあ、合同宿舎のある世界の雪の国に行くー」
そしてフェイテルのほうを見ながら、飛ばして! 飛ばして! とアピールした。
しかしフェイテルは笑顔のまま動かない。
「フェイテルサマぁ~」
シャルが情けない声を出すと、ようやく彼女は口を開いた。
「退屈なら、ひとつお話をしてあげるわ」
「フェイテルサマぁ~」
どうやら、フェイテルはシャルを別世界に帰したくないらしい。
こう言うと、彼女は勝手に話を始めた。
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フェイテルたちと違う世界。
この島にも多くの異世界人がいるように、
フェイテルとつながりのない世界は多くある。
そんな世界での、お話。
それは、見た目だけならば小さな黒猫にしか見えなかった。
しかしその世界には数多くいる、ある種の魔物であった。
街中でゴロゴロ喉を鳴らし、寄ってきた者(主に子供)を一瞬で食い荒らす。
世間では、謎の行方不明事件とされていた。
ある日、ひとりでその猫に近づいていった少女がいた。
魔物は撫でられて、ゴロゴロ喉を鳴らした。
ひと気が無くなった。その次の瞬間。
魔物は少女を喰らい尽くした。
少女は突然のことでなにが起きたかわからなかった。
突然暗闇の中に放り込まれた、といった感じだったのだ。しかし、
時間が経つにつれて目が慣れてくると、たくさんの人が倒れているのがわかった。
起きている数少ない者達も、泣き叫びながら、あるいは怒りながら
脱出を試みているようだった。
しかしその少女はなにも感じなかった。
ただ、どうしてあの猫がこんなことをしたのだろうと、疑問に思うだけだった。
そして歩き始める。
彼女に気付いた者達が、どうして冷静でいられるのかと問う。
それは少女にもわからなかった。
ただ、あの猫を撫でたときの表情が偽物だと思えなかったのは確かだった。
歩いても、歩いても、周りに倒れている人の数は減らない。
今までの行方不明の人々はすべて猫の仕業だったのだと、少女は悟る。
しかし不思議なことがある。この倒れている人々は普通なのだ。
行方不明事件はかなり昔からぽつぽつと起きていると聞いていた。
だから生きているとしたら、どうやって命を繋いでいるのか。
死んでいるとしたら、なぜ土に還らないのか。
さすがに生死確認はしたくない、と少女は思った。
空間は無限に広がっているのではないかと思うほど、広かった。
しかし、だいぶ遠くまで歩いてきたのであろう、
倒れている人々はいなくなっていた。
それでも少女は歩き続ける。そして。
ふいに、行き止まりが現れた。目が暗闇に慣れていなければ、衝突するくらい、
ふいに行き止まりがあった。
そして、その手前には小さな台。その上には、あの猫。
「なーん」
猫が鳴いた。
少女はその猫を、抱きあげた。
すると猫は驚いた風に首を傾げ、もう一度、なあん、と鳴いた。
「わかりましたわ」
少女は言う。
「寂しかったのですね。だからたくさん人を集めていたのですね。
でもそれは間違った方法ですわ。皆は怖がってばかり」
「なーん…」
少女には、猫がしょんぼりしているように聞こえた。
「私がずっと一緒にいてあげますわ。
だから、ここに捕らえた人を解放してくれませんこと?」
『我と一緒にいるということは、普通の人間でなくなるということだ。
それでも構わぬのか』
思念が送られてきたのが少女にはわかった。
少女はにっこりと笑うと、その猫を撫でた。
「あなたは、大人の言う『魔物』のひとりなのでしょう? 大丈夫。
その魔物と共生している人もいますし――」
今度は猫を抱きしめる。
「私は、あなたが大好きですわ」
それから、行方不明になっていた人々が帰ってきた。
大騒ぎになり、再会を喜んで涙する人々もいた。
しかし、その集団の中に、あの少女は、いなかった。
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「にゅー?」
シャルが鳴き声を発して首をかしげる。
「どうして少女は魔物が好きだったんだろう?」
「最もな疑問ね。でもその答えは簡単」
フェイテルは人差し指を立てて、にっこり笑った。
「魔物とその子は融合するのが宿命だったからよ」
「あなたの仕業ですかっ!」
カルニアが声を上げる。カルニアも猫の姿をした邪霊と融合した存在だったので、
他人事ではないと思っていたのだ。
「でも、貴方より、とても平和な融合でしょう?」
フェイテルの笑顔は崩れない。
カルニアは目を伏せた。
「その魔物を封印するために生まれた、なんて…
やっぱり、宿命を定めるって間違っていますよフェイテル様」
「仕方がないでしょう? 私はそれだけのために生まれてきたのだから」
彼女の声には迷いも怒りも無かった。
「でも、宿命を変えてしまいたい人はいるわ。それは」
「それは?」
きょとん、とシャルが尋ねる。
フェイテルはにっこりと笑って、人差し指を口元にあてた。
「秘密よ」
「にゅー!」
シャルはまた謎の鳴き声をあげて、じたばたした。
それを笑顔で見て、フェイテルはさっさとシャルを希望通りの場所へ飛ばした。
もちろん、宿命を変えてしまいたい対象者は、フェイテル。彼女自身。
「みなさん!」
息も絶え絶えに、ようやく当初の目的地――新しい魔法陣にたどり着いた
一行のなかで、一人元気なのはカルニアだ。
「フェイテル様はこの世界のルールにあわせて、
いろいろな技術の封印を解いていかれていますが!」
声が大きい。
シャルはそんなカルニアを見て、ぐたーっとしている。
彼は暑いのがあまりお好きではないのだ。
「ついに! ついに! 封印が私の制作能力に追いつきました!」
フェイテルはにこにこしている。いつもどおりだ。
「製作能力ね…どうして君は料理の封印を解いてもらわなかったんだい?
僕はね、お腹がすいてもう動けないよ」
フォーゼもぐったりしている。彼の場合は、お腹がすいて動けないだけのようだが。
「昔、この島に来たときに、武器強化というものを見たのです。
ですが実際にその枠を取るのが大変でしてね…またそんな機会があったら、
私がそれを手に入れよう、そう思っていました」
そして遠い目をする。
「付加36…長かった…付加はかなりの方々が枠を使ってくださいましたが、
それでも長かったです」
「じゃあ、防具は?」
ころん、と寝返りをうつシャル。
「防具は、魔衣が目標でした。魔法を撃つ私にぴったりだと思いません?」
目がキラキラと輝くカルニア。
「そっち、先にあげちゃえばよかったのに。一斉に手に入っても訓練枠が
足りないだけじゃないかー」
「それにね。フェイテル様は器用の封印をせっせと解いていらしたけれど、
付加には全く関係ないし」
シャルとフォーゼが責め立てる。
カルニアはそうですねぇ、と首をかしげて、
「意見はどこかに隠れているハムスターに言ってください」
と言った。
フォーゼの目が光る。
「OK、食料、理解した」
するとぴゅーんと音がして、小さなハムスターが、魔法陣を使って逃げていった。
「追いかけるぞ!」
「らじゃ☆」
そんなわけで、次回から遺跡外。
荷物が少々減るまで、動けそうにありませんね。
息も絶え絶えに、ようやく当初の目的地――新しい魔法陣にたどり着いた
一行のなかで、一人元気なのはカルニアだ。
「フェイテル様はこの世界のルールにあわせて、
いろいろな技術の封印を解いていかれていますが!」
声が大きい。
シャルはそんなカルニアを見て、ぐたーっとしている。
彼は暑いのがあまりお好きではないのだ。
「ついに! ついに! 封印が私の制作能力に追いつきました!」
フェイテルはにこにこしている。いつもどおりだ。
「製作能力ね…どうして君は料理の封印を解いてもらわなかったんだい?
僕はね、お腹がすいてもう動けないよ」
フォーゼもぐったりしている。彼の場合は、お腹がすいて動けないだけのようだが。
「昔、この島に来たときに、武器強化というものを見たのです。
ですが実際にその枠を取るのが大変でしてね…またそんな機会があったら、
私がそれを手に入れよう、そう思っていました」
そして遠い目をする。
「付加36…長かった…付加はかなりの方々が枠を使ってくださいましたが、
それでも長かったです」
「じゃあ、防具は?」
ころん、と寝返りをうつシャル。
「防具は、魔衣が目標でした。魔法を撃つ私にぴったりだと思いません?」
目がキラキラと輝くカルニア。
「そっち、先にあげちゃえばよかったのに。一斉に手に入っても訓練枠が
足りないだけじゃないかー」
「それにね。フェイテル様は器用の封印をせっせと解いていらしたけれど、
付加には全く関係ないし」
シャルとフォーゼが責め立てる。
カルニアはそうですねぇ、と首をかしげて、
「意見はどこかに隠れているハムスターに言ってください」
と言った。
フォーゼの目が光る。
「OK、食料、理解した」
するとぴゅーんと音がして、小さなハムスターが、魔法陣を使って逃げていった。
「追いかけるぞ!」
「らじゃ☆」
そんなわけで、次回から遺跡外。
荷物が少々減るまで、動けそうにありませんね。
謁見の間にはあっさりと到着した。
事あるたびにそこへ向かう者が一緒なのだから当然なのだが。
しかし、そこには先客がいた。
緑のドレスを身にまとった、茶髪の女性。
「あ、リンがいる」
ロンドが言った。
エリアスは目を丸くして、先客を見ている。
そして、ぼそりと呟いた。
「女型邪心3人勢ぞろい、か…」
誰かに聞かせる気があるのかないのかわからない、相変わらず暗い一言である。
来客に気がついて、女王が視線をこちらに飛ばしてくる。
リン、と呼ばれた女性もこちらを振り向いた。
「こちらは待っているべきか?」
エリアスは女王に尋ねた。
ふるふるとリンが首を振る。
女王は静かに言った。
「来るといい。運命様に集まるよう指示があった」
「俺は下がったほうがいいな」
エリアスはロンドの肩をぽむと叩くと、行くようにジェスチャーをした。
「いても構わぬが」
女王…メリアルトが眉をひそめて言う。しかしエリアスは首を振った。
「俺はフェイテルに監視されている。あの方の考えていることについて、
これから話すのだろう? だからいないほうがいい」
そう言って一礼した。
「そうか。ロンドの案内、ご苦労であった」
メリアルトはそう言って、エリアスをねぎらった。
エリアスは軽くコクンと頷くと、きびすを返して謁見の間を出た。
「あ、お兄ちゃんー」
城前広場に戻ってくると、オーザインがぱあっと顔を明るくして寄ってきた。
エリアスはぽむとその頭に手を乗せる。
「お勤めご苦労様です、エリアス殿。謁見がはじまったのですね」
その言葉にエリアスはコクンと頷く。
「今は時間があることだし…荷物保管場にいても構わないか?」
「構いませんが…隊長殿とあろう方がいるにはふさわしくない、質素なものですよ」
その言葉にエリアスは、ふるふると首を振った。
「そんなことはない。お前が勤めているところをそんな風に言うものでもない」
え? という顔になった門番を尻目に、エリアスはオーザインの手を引き
荷物保管所に入っていった。
荷物保管所に、オーザインの本体の大剣が置かれていた。
その横に、弓が置かれていた。
「それは?」
オーザインに尋ねる。
「わかんないー。置いてあったよ?」
「ああ、そういうことか」
エリアスは納得したかのように頷く。
? となったちびっ子はエリアスの周りをくるくる回った。
「先客がいたんだ。その者の物だろう」
エリアスの言葉は難しい。ちびっ子は今度は目をくるくるさせた。
「せんきゃく?」
無垢な声。
エリアスは顔をしかめた。どう説明すればいいか、すぐに思いつかなかったからだ。
「ええと」
「そのだな」
「ええと」
ぼそり。ぼそり。
エリアスは間をあけまくりながら呟くのみ。
オーザインはエリアスのことを大人しく待っている。ただし、エリアスを見つめて、
目をきらきらさせながらだが。それがエリアスへのプレッシャーになり、
さらに言葉を遅くさせていることになど、ちびっ子にわかるはずがない。
「……謁見の間に、ロンド、お前の主人が行きたがっていた。それはわかるか?」
こくん。
小さな頭が頷く。
「えっけんのま、がなんだかはわからないけど、ますたーがそこに行きたいって
言っていたのはわかるよー」
そうか、エリアスは口の中で呟く。
「そこに、先に、人が来ていたんだ」
こくこく。頭が再び頷いた。
「それが、先客がいた、と言う」
「そうなんだー」
オーザインはニコニコ笑って、そう言った。
無事通じたことに、エリアスはほっとする。
「ねえ、ねえ、これってなんなの?」
今度は弓を触りながら、ちびっ子は尋ねる。
エリアスは弓の近くまで行くと、辺りにあった椅子をふたつ、手に持った。
そしてひょいとオーザインの元にひとつ置き、もうひとつも置くとそれに腰掛けた。
この行動の真意に気がついたちびっ子は、椅子に座る。
「それは、弓と言う。剣は手に持ってふるえばいいだろう? 剣だけでなく、
槌、槍、鞭…たいていはそういうものだ。だがこれは特殊なものでな…」
エリアスは腕を組む。どう説明したものかと悩んでいるのだ。オーザインはそれを
見て、真似をして腕を組んだ。
「この太いほう…ここを持つ。この細いほう…それを引く」
「?」
ちびっ子には全く理解できなかった。
そもそも、エリアス自身が理解しているかも怪しい。
「…忘れてくれ。言い直す」
エリアスはそう言って、一度立ち上がり、深く椅子に座りなおした。
「これを触っていいのなら、説明もしやすいのだがな。だが他人の物だし
そうもいかんだろう…」
独り言。
しかしオーザインはそうは受け取らなかったので、
ちょこんと椅子から立ち上がると、弓をひょいと手に取った。
「触れたよー」
その行動にエリアスはびっくりだ。
感情表現が豊かな者なら、目が飛び出していただろう、というくらい驚いた。
「なんてことを! 人の物を勝手に触ってはいかん!」
怒った。するとちびっ子は明らかにしょんぼりして、
弓を元の場所にコトンと置くと、椅子に座って下を向いた。
ぐすっ…
音が聞こえる。
オーザインが泣いているのだ。
エリアスは自分の意思で泣いたことがない。
だが、ひとつの世界を任された存在。世界の者が泣いているところを見たことは
ある。だから泣く、ということがどういうことかは、不幸中の幸い、知っていた。
「……」
自分の言葉のせいで泣かせてしまった。
それは理解した。だがどうすればいいかわからない。
しばらく時間が流れた。
「ぐすっ…お兄ちゃん、怖いよう…」
オーザインがぽつりと呟いた。
「……す、すまん」
他にもなにか言うべきだろう。しかし言葉が出てこない。
そのときだ。
時空が歪んで、赤髪の少年がまた現れた。
「ホントですかぁ? 本当に自分が悪いと思っているのですかぁ?」
条件反射でエリアスは本体の剣を取り出すと、カルニアの分身を叩き斬った。
が、叩き斬ってから、今回は自分に非があることに気がついた。
聞こえるかはわからない。だが、エリアスはいつもとは違う、
はっきりとした声で言った。
「お前の言うとおりだった。カルニア、すまない」
すると声だけが返ってくる。
「わかればいいのですー」
また条件反射で斬られたらかなわない、そう思って姿を現さなかったなどと、
エリアスが気がつくはずは無かった。
ともあれ、オーザインのほうに向き直ると、またはっきりとした言葉で
エリアスは謝る。
「すまん、オーザイン。怒鳴ってしまった。言いすぎだった」
しかしだ。
すでにちびっ子の機嫌は直っていた。
原因は、エリアスがオーザインに謝るのを優先したため、
片付けていない魔剣である。
「きれいー」
目がきらきら。
エリアスはまた真っ赤になったが、自分が悪いことをしたという罪悪感も手伝って、
隠すことはせず、しっかりとそれを見せることにしたのだった。
刀身は黒。まるで宝石でできているかのように純粋な黒。
オーザインが手を伸ばすと、エリアスはその手を掴んだ。
「危険だ」
攻撃力は無限大の剣なのだ。いつも無限大なわけでは無いのだが。
もしそうだとしたら、カルニアを叩き斬る度に城が壊れている。
柄も黒。だが握る部分から上にかけて、古代文字が掘り込まれている。
自分のことなのに、エリアスはこの文字が読めない。
柄の中央には螺旋の模様が入っている。この意味も、エリアスは知らない。
「お兄ちゃんって、剣のこと、どう思っているの?
なんでわからないのに放っているの?」
小首をかしげるオーザイン。
「お前も不思議な形の柄だが、どうしてそんな形か気にしたことはあるか?」
質問で返すエリアス。するとちびっ子はにこーっと笑った。
「お兄ちゃんの気持ち、わかった!」
そんなことを話していると、ぱたぱたぱた…と足音が聞こえてきた。
ロンドが戻ってきたのだ。
「ますたー!」
オーザインが嬉しそうに声をあげて、彼女の元に駆け寄っていく。
その様子を見ながら、エリアスは、自分の元になったとも言える者が動き出した
という事実に、複雑な思いを抱えていた。
事あるたびにそこへ向かう者が一緒なのだから当然なのだが。
しかし、そこには先客がいた。
緑のドレスを身にまとった、茶髪の女性。
「あ、リンがいる」
ロンドが言った。
エリアスは目を丸くして、先客を見ている。
そして、ぼそりと呟いた。
「女型邪心3人勢ぞろい、か…」
誰かに聞かせる気があるのかないのかわからない、相変わらず暗い一言である。
来客に気がついて、女王が視線をこちらに飛ばしてくる。
リン、と呼ばれた女性もこちらを振り向いた。
「こちらは待っているべきか?」
エリアスは女王に尋ねた。
ふるふるとリンが首を振る。
女王は静かに言った。
「来るといい。運命様に集まるよう指示があった」
「俺は下がったほうがいいな」
エリアスはロンドの肩をぽむと叩くと、行くようにジェスチャーをした。
「いても構わぬが」
女王…メリアルトが眉をひそめて言う。しかしエリアスは首を振った。
「俺はフェイテルに監視されている。あの方の考えていることについて、
これから話すのだろう? だからいないほうがいい」
そう言って一礼した。
「そうか。ロンドの案内、ご苦労であった」
メリアルトはそう言って、エリアスをねぎらった。
エリアスは軽くコクンと頷くと、きびすを返して謁見の間を出た。
「あ、お兄ちゃんー」
城前広場に戻ってくると、オーザインがぱあっと顔を明るくして寄ってきた。
エリアスはぽむとその頭に手を乗せる。
「お勤めご苦労様です、エリアス殿。謁見がはじまったのですね」
その言葉にエリアスはコクンと頷く。
「今は時間があることだし…荷物保管場にいても構わないか?」
「構いませんが…隊長殿とあろう方がいるにはふさわしくない、質素なものですよ」
その言葉にエリアスは、ふるふると首を振った。
「そんなことはない。お前が勤めているところをそんな風に言うものでもない」
え? という顔になった門番を尻目に、エリアスはオーザインの手を引き
荷物保管所に入っていった。
荷物保管所に、オーザインの本体の大剣が置かれていた。
その横に、弓が置かれていた。
「それは?」
オーザインに尋ねる。
「わかんないー。置いてあったよ?」
「ああ、そういうことか」
エリアスは納得したかのように頷く。
? となったちびっ子はエリアスの周りをくるくる回った。
「先客がいたんだ。その者の物だろう」
エリアスの言葉は難しい。ちびっ子は今度は目をくるくるさせた。
「せんきゃく?」
無垢な声。
エリアスは顔をしかめた。どう説明すればいいか、すぐに思いつかなかったからだ。
「ええと」
「そのだな」
「ええと」
ぼそり。ぼそり。
エリアスは間をあけまくりながら呟くのみ。
オーザインはエリアスのことを大人しく待っている。ただし、エリアスを見つめて、
目をきらきらさせながらだが。それがエリアスへのプレッシャーになり、
さらに言葉を遅くさせていることになど、ちびっ子にわかるはずがない。
「……謁見の間に、ロンド、お前の主人が行きたがっていた。それはわかるか?」
こくん。
小さな頭が頷く。
「えっけんのま、がなんだかはわからないけど、ますたーがそこに行きたいって
言っていたのはわかるよー」
そうか、エリアスは口の中で呟く。
「そこに、先に、人が来ていたんだ」
こくこく。頭が再び頷いた。
「それが、先客がいた、と言う」
「そうなんだー」
オーザインはニコニコ笑って、そう言った。
無事通じたことに、エリアスはほっとする。
「ねえ、ねえ、これってなんなの?」
今度は弓を触りながら、ちびっ子は尋ねる。
エリアスは弓の近くまで行くと、辺りにあった椅子をふたつ、手に持った。
そしてひょいとオーザインの元にひとつ置き、もうひとつも置くとそれに腰掛けた。
この行動の真意に気がついたちびっ子は、椅子に座る。
「それは、弓と言う。剣は手に持ってふるえばいいだろう? 剣だけでなく、
槌、槍、鞭…たいていはそういうものだ。だがこれは特殊なものでな…」
エリアスは腕を組む。どう説明したものかと悩んでいるのだ。オーザインはそれを
見て、真似をして腕を組んだ。
「この太いほう…ここを持つ。この細いほう…それを引く」
「?」
ちびっ子には全く理解できなかった。
そもそも、エリアス自身が理解しているかも怪しい。
「…忘れてくれ。言い直す」
エリアスはそう言って、一度立ち上がり、深く椅子に座りなおした。
「これを触っていいのなら、説明もしやすいのだがな。だが他人の物だし
そうもいかんだろう…」
独り言。
しかしオーザインはそうは受け取らなかったので、
ちょこんと椅子から立ち上がると、弓をひょいと手に取った。
「触れたよー」
その行動にエリアスはびっくりだ。
感情表現が豊かな者なら、目が飛び出していただろう、というくらい驚いた。
「なんてことを! 人の物を勝手に触ってはいかん!」
怒った。するとちびっ子は明らかにしょんぼりして、
弓を元の場所にコトンと置くと、椅子に座って下を向いた。
ぐすっ…
音が聞こえる。
オーザインが泣いているのだ。
エリアスは自分の意思で泣いたことがない。
だが、ひとつの世界を任された存在。世界の者が泣いているところを見たことは
ある。だから泣く、ということがどういうことかは、不幸中の幸い、知っていた。
「……」
自分の言葉のせいで泣かせてしまった。
それは理解した。だがどうすればいいかわからない。
しばらく時間が流れた。
「ぐすっ…お兄ちゃん、怖いよう…」
オーザインがぽつりと呟いた。
「……す、すまん」
他にもなにか言うべきだろう。しかし言葉が出てこない。
そのときだ。
時空が歪んで、赤髪の少年がまた現れた。
「ホントですかぁ? 本当に自分が悪いと思っているのですかぁ?」
条件反射でエリアスは本体の剣を取り出すと、カルニアの分身を叩き斬った。
が、叩き斬ってから、今回は自分に非があることに気がついた。
聞こえるかはわからない。だが、エリアスはいつもとは違う、
はっきりとした声で言った。
「お前の言うとおりだった。カルニア、すまない」
すると声だけが返ってくる。
「わかればいいのですー」
また条件反射で斬られたらかなわない、そう思って姿を現さなかったなどと、
エリアスが気がつくはずは無かった。
ともあれ、オーザインのほうに向き直ると、またはっきりとした言葉で
エリアスは謝る。
「すまん、オーザイン。怒鳴ってしまった。言いすぎだった」
しかしだ。
すでにちびっ子の機嫌は直っていた。
原因は、エリアスがオーザインに謝るのを優先したため、
片付けていない魔剣である。
「きれいー」
目がきらきら。
エリアスはまた真っ赤になったが、自分が悪いことをしたという罪悪感も手伝って、
隠すことはせず、しっかりとそれを見せることにしたのだった。
刀身は黒。まるで宝石でできているかのように純粋な黒。
オーザインが手を伸ばすと、エリアスはその手を掴んだ。
「危険だ」
攻撃力は無限大の剣なのだ。いつも無限大なわけでは無いのだが。
もしそうだとしたら、カルニアを叩き斬る度に城が壊れている。
柄も黒。だが握る部分から上にかけて、古代文字が掘り込まれている。
自分のことなのに、エリアスはこの文字が読めない。
柄の中央には螺旋の模様が入っている。この意味も、エリアスは知らない。
「お兄ちゃんって、剣のこと、どう思っているの?
なんでわからないのに放っているの?」
小首をかしげるオーザイン。
「お前も不思議な形の柄だが、どうしてそんな形か気にしたことはあるか?」
質問で返すエリアス。するとちびっ子はにこーっと笑った。
「お兄ちゃんの気持ち、わかった!」
そんなことを話していると、ぱたぱたぱた…と足音が聞こえてきた。
ロンドが戻ってきたのだ。
「ますたー!」
オーザインが嬉しそうに声をあげて、彼女の元に駆け寄っていく。
その様子を見ながら、エリアスは、自分の元になったとも言える者が動き出した
という事実に、複雑な思いを抱えていた。
「知ってたの?! この国の女王が邪心だって」
ロンドは大きな声を上げた。
「…声が大きい」
それに対して、ぼそりとつぶやくエリアス。
するとロンドははっとしたかのような目つきになり、口を塞いで辺りを見回した。
誰もいる様子は無い。
ほっとして、今度は胸を両手で押さえ、ロンドは大きく息を吐き出した。
「もともと…俺は仕事を求めて…この世界の4つの国を回った。温暖な気候と、
魔法の力に守られている南の国には、傭兵の需要は無かった。複雑な森林に守られ、
格闘を国技としている西の国では、剣士の俺の出番は無かった。
ここも…王が邪霊だったというのもある」
エリアスは一度言葉を切った。
「どうしたの?」
「いや…ただ、一度に話すことに慣れていなく…疲れた」
ロンドはそんなエリアスの返答を聞いて、クスクスと笑いを漏らした。
「なんだか、あなた、見た目で損しているわよ。
とても近寄りがたい雰囲気をかもし出しているのに。話してみると面白いのね」
そう言われ、エリアスは悲しそうな目をして、ロンドのほうを振り向いた。
「え?」
「まるで… フェイテルみたいなことを、言うんだな…」
突如、彼の上司の名が飛び出したので、ロンドは焦る。
「どういうこと? どうしてそんな悲しそうに…」
途中まで口に出したが、ずっとエリアスがフェイテルの名を呼び捨てで
呼んでいることと、フェイテルのしたこと、それに傷ついたデスティニーの意識が
彼なのだということを思い出し、言葉を中断した。
「フェ、フェイテル様ってそんなこと言うんだ~」
明らかに不自然な声色になってしまうロンド。だが、エリアスはそれを
指摘することもせず、気を悪くした様子も無く、またすたすたと歩き出す。
ロンドは立ち止まったままになってしまった。次になんと声をかければいいか
わからなかったからだ。
すると、トコトコとオーザインがロンドの手を離れ、エリアスの元へ向かう。
ゴリゴリゴリと、剣の鞘が廊下を削る。
「元気出して、ね?」
「…元気だぞ?」
エリアスはそう答え、再びオーザインの頭を撫でた。
それを見て、ロンドはほっとした。なぜかはわからないが、ほっとした。
「変なこと言ってごめんなさい。えっと、あと、東の国にも行ったの?」
そして話を元の路線に戻す。離れてしまった距離を縮めるため、小走りをしながら。
「ああ。だが、あそこは…極寒の地。たくさんの傭兵がいた。
そこに勤めることも考えたが…あそこには憎しみの邪霊がたくさん漂っていた…
憎しみが破壊の力を手に入れたら恐ろしいことになる。
そう思って、その地も去った。そして、最後に着いたのが、ここ、
砂漠に囲まれた北の国、ゲイル・ナーディアだったのだ」
ロンドはこの世界に転送されて、まっすぐに突入したゲイル・ナーディアの姿を
思い出す。
先が見えない砂漠、突如現れる巨大な森。それがゲイル・ナーディア。
「ここも、兵士がたくさんいるわよね」
「そうだ」
こくりとエリアスは頷く。
「この国には、7本の聖剣の伝説が――いや、実在しているから伝説とは言わんか。
7本の聖剣を守っている部隊が存在している。それが、1番隊から7番隊。
各、部隊長はその聖剣を預かり、守っているのだ」
そう言われて、ロンドは首をかしげた。
「あら?でもあなたは8番隊隊長だって言われていたような記憶があるんだけど…」
「そうだ」
再び、淡々とエリアスは頷く。
「この国について、部隊に志願した際、女王も俺の正体を見抜き、
この国の各地を偵察して回る8番隊を新設したのだ。
聖剣が無い部隊だ、一部の者は8番隊を末端と考え、
俺や、俺についてきてくれている傭兵たちを侮蔑の意味で8番隊と呼ぶ」
「ひどいのー」
エリアスと今度は手を繋いでいるオーザインが言う。
「あら、オーザイン。話についてきてるの?」
「うん。わかるよ」
「すごいじゃない」
ロンドが褒めると、にこーっと笑い、トトトとロンドの元へ戻ってきた。
「そんなことは、関係ないと俺は思っている。皆にも言っている。俺たちはただ、
国のために働く。それを誇りに思うようにと」
「真面目なのね…あたしだったら、怒って斬りかかってるわよ」
エリアスは首を振った。
「さすが憤怒の邪心…俺がそんなことをしたら…大変なことになるから、
自制、しているんだ」
「自制は自分に嘘をつくことですよー」
急に聞こえた声。
それに即座に反応して、背中の魔剣を引き抜くとエリアスは宙を斬った。
「痛い! 本当のことを言って差し上げただけなのに~」
赤毛の少年が現れ、倒れこむ。そして黒い煙を立てて消えた。
唖然とするロンド。
エリアスはパンパンと手を叩き、剣を鞘に収めようとして、眉をひそめた。
オーザインが目をきらっきらと輝かせ、剣を見ていたからだ。
「きれーい」
するとエリアスは真っ赤になって、鞘に早く収めようとし、失敗を繰り返した。
なんとか剣を収めた彼に、ロンドは問いかける。
「今の、なに?」
「偽りの邪心の分身だ。俺の天敵。消し飛ばしてもなんの問題も無い。
俺は、嘘が大嫌いだ。だから天敵。しかし嘘をつかねばならぬときがある。
そのときに俺をからかいに現れるのだ」
さらっと恐ろしいことを言ったエリアス。
ロンドはやっぱり破壊の邪心なのねと思うのだった。
「そろそろ…城に入るぞ。正体のこと、ばれぬよう、こんな感じの話はこれまでだ」
「正体を隠すって、みなさんに嘘をつくことですよ~」
以下省略。
城は純白の壁を使って造られた、木々よりやや低いしかし巨大なものだった。
エリアスは門番と話している。
ロンドは入れてもらえるか緊張して横で棒立ち。
オーザインは城が珍しいのか、きょろきょろと辺りを見回している。
(難航しているようね…。なにが原因かしら)
ロンドは会話に耳をすましてみる。
「だから、この剣は彼女たちにとってとても大切なものなんだ。
どうしても置いていかなくては駄目か?」
「はい、申し訳ありませんが。女王陛下の身の安全のためには」
「むう…」
オーザインの持つ剣、正確に言えばオーザインそのものの持ちこみについて
もめているようだった。
(エリアス…自分と同じだから、
オーザインと剣を引き離すことが辛いってわかるんだわ。……優しいんだ)
ロンドとしても、剣を手放すことは不安である。
口下手だというエリアスにとってこの交渉は大変だろうが、
自分が口を出すのもおかしな話なので黙っているしかなかった。
すると、オーザインがトコトコとエリアスのところへ向かう。
「いいよ。僕、ここで待ってる」
くいくい、とエリアスの服のすそをひっぱり、そう言った。
「お前…」
「お兄さん。剣と僕とここで待っているのはだめ?」
門番にそう言って小首をかしげる。
「む…それは問題ありません」
子供にも敬語の門番。するとオーザインはロンドのほうを振り返り、
にこーっと笑った。
「僕、待ってる。待ってるからますたー、行ってきて」
ロンドは驚く。ちびっ子が状況を理解し、どうすればいいかを思いついたことにだ。
「…すまないな」
エリアスは門番に言ったのか、オーザインに言ったのか不明だが、ぼそりと呟いた。
「ではその子をよろしく頼む」
そして会釈する。門番も会釈し返した。
「さあ、行こう、ロンド」
淡々とした口調。
「ちょ、ちょっと待って」
ロンドは自分だけ黙っていたことに気がついて、慌ててオーザインの元に向かう。
そして、彼の両手をつかむと、腰を下ろし、視線を合わせる。
「ありがとね。できるだけ早く帰ってくるわ」
「お仕事がんばってね、ますたー」
そしてまたちびっ子は、にこにこと笑うのだった。
いざ、目指すは謁見の間。
---------------
その頃。合同宿舎は大変なことになっていた。
「やー! やー! やー! やー!」
以下省略。
合同宿舎の主、オルドビスの妹、プラストス。
彼女がずっと泣き声を上げているのだ。カルニアがなんとかなだめようと、
永遠のお別れと決まったわけではないんですよ、などと言っているが、
聞こえていないのか、彼女は泣き叫び続ける。
「やだよう…ガンマ…」
ガンマに異常に懐いていた彼女にとって、彼の消滅は耐え切れないものだった。
「いいですか、プラストスさん。ガンマは言っていました。
私が彼を再生成したときに、同じ魂は宿る可能性は高いと」
そう言ったとき、テレビから非情な言葉が聞こえてきた。
「それは無いわ」
フェイテルだ。
「私の攻撃で、彼は魂ごと粉々になったでしょうね」
「やー!」
どんよりと絶望を抱え、プラストスは泣き叫ぶ。
それを背後からシャルが抱きしめた。
すると、彼女の絶望はあっという間に彼に吸収され、
プラストスは泣き疲れていたのか、眠ってしまった。
「応急処置完了。それにしてもフェイテルサマ、やってることが鬼畜。
こんな小さな子に意地悪して楽しいの?」
「意地悪ではないわ。ただ、事実を言っただけ」
それに対してシャルはため息をつく。
「もう… フェイテルサマの価値観、わかんない」
「私の感想を言わせて頂くと、ただ、彼女を刺激したかっただけに
見えるのですけれどね。フェイテル様にはそういうところが見受けられます」
カルニアが淡々と言う。いつもの笑顔もエセ敬語も無い。
「貴方達は邪心でしょう? そうとは思えない優しさね。
人々の負の感情を刺激し、それを吸収しないと生きていけない存在から
非難の言葉をもらうなんて、私、驚いたわ」
「確かにそういう面もあります。ですが、同時に正の感情も持っている。
だから邪霊ではなく邪心なんですよ。それを知らぬフェイテル様でもあるまいに」
カルニアは即座に反論した。
いつもは「まったくもう~」と笑って済ませるところを、である。
「あら。カルニア。もしかして怒っているのかしら。そうね。
自分の子供が消されたも同然だもの。不思議なことではないわ」
シャルはカルニアを見た。ちらほらと怒りの邪霊が漂っている。
「いっただき♪」
そしてそれを食べる。
「ちょっと、人が真剣になっているときに!」
カルニアは不満をあらわにするが、シャルはどこ吹く風。さらにカルニアが
言葉をかけようと彼に近づいたとき、すれ違い様にそっとシャルは言った。
(気持ちはわかる気がするよ。でも落ち着いて)
沈黙がその場を支配した。
「そうですね。そうでした。私はフェイテル様の配下。貴方に呼ばれたら戦い、
製作を行う。それを変えることはできません」
「あら。それでいいの?」
フェイテルは満面の笑みで尋ねてきた。
腹の底にあるドロドロしたものをカルニアは隠し、にっこりと笑って返した。
「はい。魔力がいただけるのなら♪」
「まあ。いい子」
「そろそろ行く時間かな? ちょっとこの子、部屋に置いてくる」
落ち着いたのを確認したシャルはプラストスを担いで、合同宿舎の3階にふらりと
飛んでいった。
ガンマと生活した思い出がたくさんある部屋に、
彼女を置いていくのに不安が無いわけではなかったが。
ロンドは大きな声を上げた。
「…声が大きい」
それに対して、ぼそりとつぶやくエリアス。
するとロンドははっとしたかのような目つきになり、口を塞いで辺りを見回した。
誰もいる様子は無い。
ほっとして、今度は胸を両手で押さえ、ロンドは大きく息を吐き出した。
「もともと…俺は仕事を求めて…この世界の4つの国を回った。温暖な気候と、
魔法の力に守られている南の国には、傭兵の需要は無かった。複雑な森林に守られ、
格闘を国技としている西の国では、剣士の俺の出番は無かった。
ここも…王が邪霊だったというのもある」
エリアスは一度言葉を切った。
「どうしたの?」
「いや…ただ、一度に話すことに慣れていなく…疲れた」
ロンドはそんなエリアスの返答を聞いて、クスクスと笑いを漏らした。
「なんだか、あなた、見た目で損しているわよ。
とても近寄りがたい雰囲気をかもし出しているのに。話してみると面白いのね」
そう言われ、エリアスは悲しそうな目をして、ロンドのほうを振り向いた。
「え?」
「まるで… フェイテルみたいなことを、言うんだな…」
突如、彼の上司の名が飛び出したので、ロンドは焦る。
「どういうこと? どうしてそんな悲しそうに…」
途中まで口に出したが、ずっとエリアスがフェイテルの名を呼び捨てで
呼んでいることと、フェイテルのしたこと、それに傷ついたデスティニーの意識が
彼なのだということを思い出し、言葉を中断した。
「フェ、フェイテル様ってそんなこと言うんだ~」
明らかに不自然な声色になってしまうロンド。だが、エリアスはそれを
指摘することもせず、気を悪くした様子も無く、またすたすたと歩き出す。
ロンドは立ち止まったままになってしまった。次になんと声をかければいいか
わからなかったからだ。
すると、トコトコとオーザインがロンドの手を離れ、エリアスの元へ向かう。
ゴリゴリゴリと、剣の鞘が廊下を削る。
「元気出して、ね?」
「…元気だぞ?」
エリアスはそう答え、再びオーザインの頭を撫でた。
それを見て、ロンドはほっとした。なぜかはわからないが、ほっとした。
「変なこと言ってごめんなさい。えっと、あと、東の国にも行ったの?」
そして話を元の路線に戻す。離れてしまった距離を縮めるため、小走りをしながら。
「ああ。だが、あそこは…極寒の地。たくさんの傭兵がいた。
そこに勤めることも考えたが…あそこには憎しみの邪霊がたくさん漂っていた…
憎しみが破壊の力を手に入れたら恐ろしいことになる。
そう思って、その地も去った。そして、最後に着いたのが、ここ、
砂漠に囲まれた北の国、ゲイル・ナーディアだったのだ」
ロンドはこの世界に転送されて、まっすぐに突入したゲイル・ナーディアの姿を
思い出す。
先が見えない砂漠、突如現れる巨大な森。それがゲイル・ナーディア。
「ここも、兵士がたくさんいるわよね」
「そうだ」
こくりとエリアスは頷く。
「この国には、7本の聖剣の伝説が――いや、実在しているから伝説とは言わんか。
7本の聖剣を守っている部隊が存在している。それが、1番隊から7番隊。
各、部隊長はその聖剣を預かり、守っているのだ」
そう言われて、ロンドは首をかしげた。
「あら?でもあなたは8番隊隊長だって言われていたような記憶があるんだけど…」
「そうだ」
再び、淡々とエリアスは頷く。
「この国について、部隊に志願した際、女王も俺の正体を見抜き、
この国の各地を偵察して回る8番隊を新設したのだ。
聖剣が無い部隊だ、一部の者は8番隊を末端と考え、
俺や、俺についてきてくれている傭兵たちを侮蔑の意味で8番隊と呼ぶ」
「ひどいのー」
エリアスと今度は手を繋いでいるオーザインが言う。
「あら、オーザイン。話についてきてるの?」
「うん。わかるよ」
「すごいじゃない」
ロンドが褒めると、にこーっと笑い、トトトとロンドの元へ戻ってきた。
「そんなことは、関係ないと俺は思っている。皆にも言っている。俺たちはただ、
国のために働く。それを誇りに思うようにと」
「真面目なのね…あたしだったら、怒って斬りかかってるわよ」
エリアスは首を振った。
「さすが憤怒の邪心…俺がそんなことをしたら…大変なことになるから、
自制、しているんだ」
「自制は自分に嘘をつくことですよー」
急に聞こえた声。
それに即座に反応して、背中の魔剣を引き抜くとエリアスは宙を斬った。
「痛い! 本当のことを言って差し上げただけなのに~」
赤毛の少年が現れ、倒れこむ。そして黒い煙を立てて消えた。
唖然とするロンド。
エリアスはパンパンと手を叩き、剣を鞘に収めようとして、眉をひそめた。
オーザインが目をきらっきらと輝かせ、剣を見ていたからだ。
「きれーい」
するとエリアスは真っ赤になって、鞘に早く収めようとし、失敗を繰り返した。
なんとか剣を収めた彼に、ロンドは問いかける。
「今の、なに?」
「偽りの邪心の分身だ。俺の天敵。消し飛ばしてもなんの問題も無い。
俺は、嘘が大嫌いだ。だから天敵。しかし嘘をつかねばならぬときがある。
そのときに俺をからかいに現れるのだ」
さらっと恐ろしいことを言ったエリアス。
ロンドはやっぱり破壊の邪心なのねと思うのだった。
「そろそろ…城に入るぞ。正体のこと、ばれぬよう、こんな感じの話はこれまでだ」
「正体を隠すって、みなさんに嘘をつくことですよ~」
以下省略。
城は純白の壁を使って造られた、木々よりやや低いしかし巨大なものだった。
エリアスは門番と話している。
ロンドは入れてもらえるか緊張して横で棒立ち。
オーザインは城が珍しいのか、きょろきょろと辺りを見回している。
(難航しているようね…。なにが原因かしら)
ロンドは会話に耳をすましてみる。
「だから、この剣は彼女たちにとってとても大切なものなんだ。
どうしても置いていかなくては駄目か?」
「はい、申し訳ありませんが。女王陛下の身の安全のためには」
「むう…」
オーザインの持つ剣、正確に言えばオーザインそのものの持ちこみについて
もめているようだった。
(エリアス…自分と同じだから、
オーザインと剣を引き離すことが辛いってわかるんだわ。……優しいんだ)
ロンドとしても、剣を手放すことは不安である。
口下手だというエリアスにとってこの交渉は大変だろうが、
自分が口を出すのもおかしな話なので黙っているしかなかった。
すると、オーザインがトコトコとエリアスのところへ向かう。
「いいよ。僕、ここで待ってる」
くいくい、とエリアスの服のすそをひっぱり、そう言った。
「お前…」
「お兄さん。剣と僕とここで待っているのはだめ?」
門番にそう言って小首をかしげる。
「む…それは問題ありません」
子供にも敬語の門番。するとオーザインはロンドのほうを振り返り、
にこーっと笑った。
「僕、待ってる。待ってるからますたー、行ってきて」
ロンドは驚く。ちびっ子が状況を理解し、どうすればいいかを思いついたことにだ。
「…すまないな」
エリアスは門番に言ったのか、オーザインに言ったのか不明だが、ぼそりと呟いた。
「ではその子をよろしく頼む」
そして会釈する。門番も会釈し返した。
「さあ、行こう、ロンド」
淡々とした口調。
「ちょ、ちょっと待って」
ロンドは自分だけ黙っていたことに気がついて、慌ててオーザインの元に向かう。
そして、彼の両手をつかむと、腰を下ろし、視線を合わせる。
「ありがとね。できるだけ早く帰ってくるわ」
「お仕事がんばってね、ますたー」
そしてまたちびっ子は、にこにこと笑うのだった。
いざ、目指すは謁見の間。
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その頃。合同宿舎は大変なことになっていた。
「やー! やー! やー! やー!」
以下省略。
合同宿舎の主、オルドビスの妹、プラストス。
彼女がずっと泣き声を上げているのだ。カルニアがなんとかなだめようと、
永遠のお別れと決まったわけではないんですよ、などと言っているが、
聞こえていないのか、彼女は泣き叫び続ける。
「やだよう…ガンマ…」
ガンマに異常に懐いていた彼女にとって、彼の消滅は耐え切れないものだった。
「いいですか、プラストスさん。ガンマは言っていました。
私が彼を再生成したときに、同じ魂は宿る可能性は高いと」
そう言ったとき、テレビから非情な言葉が聞こえてきた。
「それは無いわ」
フェイテルだ。
「私の攻撃で、彼は魂ごと粉々になったでしょうね」
「やー!」
どんよりと絶望を抱え、プラストスは泣き叫ぶ。
それを背後からシャルが抱きしめた。
すると、彼女の絶望はあっという間に彼に吸収され、
プラストスは泣き疲れていたのか、眠ってしまった。
「応急処置完了。それにしてもフェイテルサマ、やってることが鬼畜。
こんな小さな子に意地悪して楽しいの?」
「意地悪ではないわ。ただ、事実を言っただけ」
それに対してシャルはため息をつく。
「もう… フェイテルサマの価値観、わかんない」
「私の感想を言わせて頂くと、ただ、彼女を刺激したかっただけに
見えるのですけれどね。フェイテル様にはそういうところが見受けられます」
カルニアが淡々と言う。いつもの笑顔もエセ敬語も無い。
「貴方達は邪心でしょう? そうとは思えない優しさね。
人々の負の感情を刺激し、それを吸収しないと生きていけない存在から
非難の言葉をもらうなんて、私、驚いたわ」
「確かにそういう面もあります。ですが、同時に正の感情も持っている。
だから邪霊ではなく邪心なんですよ。それを知らぬフェイテル様でもあるまいに」
カルニアは即座に反論した。
いつもは「まったくもう~」と笑って済ませるところを、である。
「あら。カルニア。もしかして怒っているのかしら。そうね。
自分の子供が消されたも同然だもの。不思議なことではないわ」
シャルはカルニアを見た。ちらほらと怒りの邪霊が漂っている。
「いっただき♪」
そしてそれを食べる。
「ちょっと、人が真剣になっているときに!」
カルニアは不満をあらわにするが、シャルはどこ吹く風。さらにカルニアが
言葉をかけようと彼に近づいたとき、すれ違い様にそっとシャルは言った。
(気持ちはわかる気がするよ。でも落ち着いて)
沈黙がその場を支配した。
「そうですね。そうでした。私はフェイテル様の配下。貴方に呼ばれたら戦い、
製作を行う。それを変えることはできません」
「あら。それでいいの?」
フェイテルは満面の笑みで尋ねてきた。
腹の底にあるドロドロしたものをカルニアは隠し、にっこりと笑って返した。
「はい。魔力がいただけるのなら♪」
「まあ。いい子」
「そろそろ行く時間かな? ちょっとこの子、部屋に置いてくる」
落ち着いたのを確認したシャルはプラストスを担いで、合同宿舎の3階にふらりと
飛んでいった。
ガンマと生活した思い出がたくさんある部屋に、
彼女を置いていくのに不安が無いわけではなかったが。