定期更新型ネットゲーム「Ikki Fantasy」「Sicx Lives」「Flase Island」と「Seven Devils」、「The Golden Lore」の記録です。
カテゴリー「定期日誌」の記事一覧
- 2025.01.23 [PR]
- 2010.09.02 探索42日目
- 2010.08.27 探索41日目
- 2010.08.19 探索40日目
- 2010.08.12 探索39日目
- 2010.08.05 探索38日目
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「さて、やりますか」
カルニアが言い出した。その表情はいつものように無邪気な子供のものに見える、
見えるだけ(重要)なのだが、目は真剣だった。
「……」
その様子に、茶々を入れられず、シャルは何をするのだろうと
しげしげと彼を見つめるだけ。
「なにをするんだい?」
いつもと空気が違うなんて、会って数日しか経っていないフォーゼにはわからない。
普通に問いを投げかけた。
「ガンマを再生させます」
「ほう」
10日前、フェイテルを倒そうとした彼。この島にいることで、フェイテルの
特殊能力が完全に消えていると読み違え、消えてしまった、カルニアの大切な部下。
「馬鹿な子ほど可愛い、と言うじゃないですか」
「ふーん。やっぱり雑用はいないと不便だったんだぁ」
シャルはそう茶化すが、カルニアは首を振り、
「あの子には雑用はさせていませんよ?
この合同宿舎の家事を一手に引き受けているのはこの私です」
と、威張るところではないのに、胸を張ってみせた。
「しかしお前。創造の力は多くのエネルギーを使うのだろう?
またどこかに迷惑をかけるつもりなのか?」
エリアスは警戒の色を彼に向ける。
「普通の物質を作るよりは楽ですよ、とても。
ただ、フェイテル様が許してくださるか、が問題です」
「ここでやればいいじゃない」
「ダメです。ガンマが死んだのは遺跡内でした。だから、そこでやらないと、
元には戻りません」
カルニアは目を背けて言った。
わかっているのだ。
もし、ガンマが消された遺跡内で再生させても、また同じ魂が宿る可能性は限りなく
低いのだ、と。
フェイテルは言っていた。
魂はばらばらに吹き飛ばしたと。だから全く同じガンマの再生は不可能だと。
「…プラが泣いてたっけ」
9日前。合同宿舎内で、プラストスというホリレスが泣きまくっていたのを
思い出し、シャルはぽつんと呟いた。
「……でも、私は諦めません。意外としぶとく生き残っているかもしれないと
思って、あの場所の近くで再生儀式を行います」
真剣な声色で言って、一呼吸。
ころっといつもの口調に戻って、カルニアは言った。
「あの子のしぶとさは並じゃありませんから♪」
フェイテルに遺跡内に呼び出してもらったカルニアは、
ガンマ再生の旨をフェイテルに伝えた。
指をそっと口元に運んだ彼女は無駄よ、と言ったが、
悪あがきをしてみたいんですよ、と答えたカルニアを止めたりはしなかった。
人が一人横たわることができそうな場所を見つけて、そこを拭くと
ちょこちょこついてきていた他の邪心たちを追っ払った。
「えー、見てみたい」
「興味深いじゃないか」
エリアスの姿は無かった。相反する自分がいれば、うまくいくものも
うまくいかない。それくらいはわかる頭である。
「気が散ります! それともなんですか?
私にエネルギー提供してくれるんですか?」
「横でじーって見ていていいなら、あげるよー」
意外な返事。
でも、とても迷惑な返事。
「思いっきり邪魔です」
そう言ってから、ぽん、と手を打つ。
「全部吸い尽くして、後ろに捨ててあげましょうか?」
「なにそれひどい」
シャルはぷうと頬を膨らませた。はっはっは、とフォーゼが笑っている。
冗談だと二人は思っていたのだ。だが――
カルニアはぽむ、と二人の肩に手を置くと、
本当にエネルギーを吸収しはじめたのである。
「ちょっと、キミ!」
「ぎゃああああん!」
声をそれぞれ上げ、シャルとフォーゼはようやく離れた。
ぽんぽん、と手を叩いたカルニアは満面の笑みで。
「ごちそうさまです♪」
――と、言った。
「まったくもう。カルはジョークというものがわからないんだね。ぷんすかぷん!」
「もっと近くで見たいのになぁ…」
10メートルほど離れた木陰に腰を下ろし、二人は観察モードになっていた。
カルニアはゆっくりと、くるりくるりと回っている。
「へー。カルも踊るんだ」
それに釣られて、ふらりふらりと邪霊達が集まってきた。さまざまな種類の邪霊。
「あ、あれ、おいしそうだね」
フォーゼは自分と同属性の邪霊を見つけて、言った。
シャルは、
「みんなおいしそう!」
雑食である。
カルニアは完全に意識を集中させているため、彼らの声は聞こえていない。
ふいに、欺瞞属性の邪霊が消えうせた。
と同時に、吹き上がる邪悪な波動。
そこには、青年の姿に成長したカルニアがいた。変わらぬ深紅の髪と髪型。
無機物と有機物を象徴しているという、肩の飾り。服は赤と黒に染められ、
金のラインが入った、ゴテゴテのものである。
「久しぶりですね、この姿も…」
ぽつりと呟く。もっとも、自分のこれからやることで頭がいっぱいの彼。
誰かに聞かせようと思って呟いたわけではない。
「がー!」
カルニアのペットのがおが逃げてきた。
「おおう」
シャルがキャッチする。
「どったの?」
「がうがー。おおなのがうがー、がお、ぐぐげぐ」
相変わらず謎の言語を話す。しかしフォーゼはこくこくと頷いて、
「マスター。大人のマスター、がお、いじめる、か」
翻訳した。
「さすが獣人族!」
シャルはぱちぱちと手を叩いた。
フォーゼは特別な反応を示さず、がおを撫でてやった。
カルニア、いや、欺瞞の邪心ヴァイザは、さらに邪気を高める。
自らの一部となったそれを切り取り、前の台に横たわらせ、分身を生成しはじめる。
それを、シャルたちとは反対方向の、意外と近い場所で見ていた二人組がいた。
「カルニアがオレサマに執着してくれてるとはな。ありがてぇぜ」
「………」
茶色の髪を切りっぱなしにしている青年と、
ベージュのフードを深く被っている少年。
「アンタがここまで連れてきてくれたんだ、ちゃんと戻ってやらねーとな」
「……」
青年はぺらぺらとしゃべるが、少年は何も言葉を発しない。
それに関しても、青年は全く気にしていないようだった。
「あばよ。またな」
それだけいうと、青年はジャンプした。
霊体だった彼は、ヴァイザの儀式のほうに吸い込まれていく。
「…………!」
ずっと目を閉じ、集中していたはずのヴァイザが眉をぴくりと動かした。
そしてそっと目を開けた瞬間、台座が光を放つ。
ヴァイザは、見た。
茶色の髪の青年が、自分の作っているモノの中に入っていった様子を。
・
・
・
「いやー、疲れましたねぇ」
カルニアはそう言って、笑う。
台座に寄りかかって、満足そうにニコニコと笑っていた。
それは、儀式が成功したことがわかっているから。
「……」
「…… ねぇフォーゼ。ボクたち、近づいて安全だと思う?」
見学組はカルニアを見ていたが、ほぼ同時に顔を見合わせた。
「やめとけって」
久しぶりに聞く、軽い声。
「今のこいつに触ったら、さっきみたいに喰われちまうぞー」
ケラケラケラ。
ガンマの軽い、笑い声。
「わー、ガンマさん復活したてなのに絶好調!」
シャルが茶化す。
「いやいや。この台座から降りるの、オレサマ、スゲー迷ってる。
降りたら喰われそうで。せっかく復活したのにそれはねーよと」
「間違いなく、僕の知っているガンマ君だね。フェイテル様の読みは外れたね。
この島は面白い」
そう言って、フォーゼは目を閉じる。
「そうですね」
カルニアが同意した。
「ただ…フェイテル様は我侭だから、自分の見たものが外れるこの島なんか嫌いだ。
消えてしまえ、ってやりかねないのが心配なのですが」
複雑な思いが、カルニアを支配していた。
フェイテルの――プライド。
全てのものの宿命を見ることができるという能力だけが、
彼女に備わっているものだった。
しかしそれは彼女の支配下にある世界だけで、様々な世界出身の者達が集まる
この島では、うまく見れないのであった。
フェイテルは笑顔を浮かべているが、心中穏やかでない可能性が高いと、
彼女の過去を聞いたことがあるカルニアは思う。
彼女が笑顔を振りまくのをやめたとき――それを考えただけで恐ろしい。
「ダイジョウブだよ」
シャルは言った。
「今までで十分わかってるじゃない。この島ではフェイテルサマ、
なにもできないよ」
「そうですね」
「でもね。可能性があるから注意くらいはしておいたほうがいいかもね」
そう、フォーゼは言うと、立ち上がった。
「さ、一回合同宿舎に戻してもらおう。ガンマ君も休みたいだろうしね」
「がんまー!」
しかしガンマは、合同宿舎では休めそうになかった。
「がんま、がんま、がんま、がんま、がんまー!」
「やめてくれ。オレサマ、自分の名前がゲシュタルト崩壊しそうになってるんだが」
そう言うと、一旦、プラストスはガンマから離れた。
しかし安心したのもつかの間。
今度は正面から抱きついて、
「がんまー。よかったのー。よかったのー!」
と泣き出したのである。
「げげっ」
ホリレスの涙は、聖水みたいなものである。邪悪な存在のガンマにとっては毒だ。
ジューっと、彼の体から煙が立ち上る。
「痛ぇ、痛ぇ!」
必死に叫ぶが、プラストスには聞こえていないようだ。
「あーあー」
「懐かれると大変なんだねぇ」
「任務だと思って諦めなさい」
3人の邪心は、他人事だ。
「嫌われるぞ」
そこへずばっと入る、合同宿舎の主、つまりプラストスの兄の声。
「…なんで?」
涙目のプラストスは、オルドビスへ問いかけた。
「痛がっているじゃないか。それなのに、それをやめないなら、
嫌われても仕方ないな」
「やー!」
そして再び泣き出す。
「はあ。なにもわかっていない…」
これ以上はフォローするつもりもないらしい。
頑張れ、ガンマ。
カルニアが言い出した。その表情はいつものように無邪気な子供のものに見える、
見えるだけ(重要)なのだが、目は真剣だった。
「……」
その様子に、茶々を入れられず、シャルは何をするのだろうと
しげしげと彼を見つめるだけ。
「なにをするんだい?」
いつもと空気が違うなんて、会って数日しか経っていないフォーゼにはわからない。
普通に問いを投げかけた。
「ガンマを再生させます」
「ほう」
10日前、フェイテルを倒そうとした彼。この島にいることで、フェイテルの
特殊能力が完全に消えていると読み違え、消えてしまった、カルニアの大切な部下。
「馬鹿な子ほど可愛い、と言うじゃないですか」
「ふーん。やっぱり雑用はいないと不便だったんだぁ」
シャルはそう茶化すが、カルニアは首を振り、
「あの子には雑用はさせていませんよ?
この合同宿舎の家事を一手に引き受けているのはこの私です」
と、威張るところではないのに、胸を張ってみせた。
「しかしお前。創造の力は多くのエネルギーを使うのだろう?
またどこかに迷惑をかけるつもりなのか?」
エリアスは警戒の色を彼に向ける。
「普通の物質を作るよりは楽ですよ、とても。
ただ、フェイテル様が許してくださるか、が問題です」
「ここでやればいいじゃない」
「ダメです。ガンマが死んだのは遺跡内でした。だから、そこでやらないと、
元には戻りません」
カルニアは目を背けて言った。
わかっているのだ。
もし、ガンマが消された遺跡内で再生させても、また同じ魂が宿る可能性は限りなく
低いのだ、と。
フェイテルは言っていた。
魂はばらばらに吹き飛ばしたと。だから全く同じガンマの再生は不可能だと。
「…プラが泣いてたっけ」
9日前。合同宿舎内で、プラストスというホリレスが泣きまくっていたのを
思い出し、シャルはぽつんと呟いた。
「……でも、私は諦めません。意外としぶとく生き残っているかもしれないと
思って、あの場所の近くで再生儀式を行います」
真剣な声色で言って、一呼吸。
ころっといつもの口調に戻って、カルニアは言った。
「あの子のしぶとさは並じゃありませんから♪」
フェイテルに遺跡内に呼び出してもらったカルニアは、
ガンマ再生の旨をフェイテルに伝えた。
指をそっと口元に運んだ彼女は無駄よ、と言ったが、
悪あがきをしてみたいんですよ、と答えたカルニアを止めたりはしなかった。
人が一人横たわることができそうな場所を見つけて、そこを拭くと
ちょこちょこついてきていた他の邪心たちを追っ払った。
「えー、見てみたい」
「興味深いじゃないか」
エリアスの姿は無かった。相反する自分がいれば、うまくいくものも
うまくいかない。それくらいはわかる頭である。
「気が散ります! それともなんですか?
私にエネルギー提供してくれるんですか?」
「横でじーって見ていていいなら、あげるよー」
意外な返事。
でも、とても迷惑な返事。
「思いっきり邪魔です」
そう言ってから、ぽん、と手を打つ。
「全部吸い尽くして、後ろに捨ててあげましょうか?」
「なにそれひどい」
シャルはぷうと頬を膨らませた。はっはっは、とフォーゼが笑っている。
冗談だと二人は思っていたのだ。だが――
カルニアはぽむ、と二人の肩に手を置くと、
本当にエネルギーを吸収しはじめたのである。
「ちょっと、キミ!」
「ぎゃああああん!」
声をそれぞれ上げ、シャルとフォーゼはようやく離れた。
ぽんぽん、と手を叩いたカルニアは満面の笑みで。
「ごちそうさまです♪」
――と、言った。
「まったくもう。カルはジョークというものがわからないんだね。ぷんすかぷん!」
「もっと近くで見たいのになぁ…」
10メートルほど離れた木陰に腰を下ろし、二人は観察モードになっていた。
カルニアはゆっくりと、くるりくるりと回っている。
「へー。カルも踊るんだ」
それに釣られて、ふらりふらりと邪霊達が集まってきた。さまざまな種類の邪霊。
「あ、あれ、おいしそうだね」
フォーゼは自分と同属性の邪霊を見つけて、言った。
シャルは、
「みんなおいしそう!」
雑食である。
カルニアは完全に意識を集中させているため、彼らの声は聞こえていない。
ふいに、欺瞞属性の邪霊が消えうせた。
と同時に、吹き上がる邪悪な波動。
そこには、青年の姿に成長したカルニアがいた。変わらぬ深紅の髪と髪型。
無機物と有機物を象徴しているという、肩の飾り。服は赤と黒に染められ、
金のラインが入った、ゴテゴテのものである。
「久しぶりですね、この姿も…」
ぽつりと呟く。もっとも、自分のこれからやることで頭がいっぱいの彼。
誰かに聞かせようと思って呟いたわけではない。
「がー!」
カルニアのペットのがおが逃げてきた。
「おおう」
シャルがキャッチする。
「どったの?」
「がうがー。おおなのがうがー、がお、ぐぐげぐ」
相変わらず謎の言語を話す。しかしフォーゼはこくこくと頷いて、
「マスター。大人のマスター、がお、いじめる、か」
翻訳した。
「さすが獣人族!」
シャルはぱちぱちと手を叩いた。
フォーゼは特別な反応を示さず、がおを撫でてやった。
カルニア、いや、欺瞞の邪心ヴァイザは、さらに邪気を高める。
自らの一部となったそれを切り取り、前の台に横たわらせ、分身を生成しはじめる。
それを、シャルたちとは反対方向の、意外と近い場所で見ていた二人組がいた。
「カルニアがオレサマに執着してくれてるとはな。ありがてぇぜ」
「………」
茶色の髪を切りっぱなしにしている青年と、
ベージュのフードを深く被っている少年。
「アンタがここまで連れてきてくれたんだ、ちゃんと戻ってやらねーとな」
「……」
青年はぺらぺらとしゃべるが、少年は何も言葉を発しない。
それに関しても、青年は全く気にしていないようだった。
「あばよ。またな」
それだけいうと、青年はジャンプした。
霊体だった彼は、ヴァイザの儀式のほうに吸い込まれていく。
「…………!」
ずっと目を閉じ、集中していたはずのヴァイザが眉をぴくりと動かした。
そしてそっと目を開けた瞬間、台座が光を放つ。
ヴァイザは、見た。
茶色の髪の青年が、自分の作っているモノの中に入っていった様子を。
・
・
・
「いやー、疲れましたねぇ」
カルニアはそう言って、笑う。
台座に寄りかかって、満足そうにニコニコと笑っていた。
それは、儀式が成功したことがわかっているから。
「……」
「…… ねぇフォーゼ。ボクたち、近づいて安全だと思う?」
見学組はカルニアを見ていたが、ほぼ同時に顔を見合わせた。
「やめとけって」
久しぶりに聞く、軽い声。
「今のこいつに触ったら、さっきみたいに喰われちまうぞー」
ケラケラケラ。
ガンマの軽い、笑い声。
「わー、ガンマさん復活したてなのに絶好調!」
シャルが茶化す。
「いやいや。この台座から降りるの、オレサマ、スゲー迷ってる。
降りたら喰われそうで。せっかく復活したのにそれはねーよと」
「間違いなく、僕の知っているガンマ君だね。フェイテル様の読みは外れたね。
この島は面白い」
そう言って、フォーゼは目を閉じる。
「そうですね」
カルニアが同意した。
「ただ…フェイテル様は我侭だから、自分の見たものが外れるこの島なんか嫌いだ。
消えてしまえ、ってやりかねないのが心配なのですが」
複雑な思いが、カルニアを支配していた。
フェイテルの――プライド。
全てのものの宿命を見ることができるという能力だけが、
彼女に備わっているものだった。
しかしそれは彼女の支配下にある世界だけで、様々な世界出身の者達が集まる
この島では、うまく見れないのであった。
フェイテルは笑顔を浮かべているが、心中穏やかでない可能性が高いと、
彼女の過去を聞いたことがあるカルニアは思う。
彼女が笑顔を振りまくのをやめたとき――それを考えただけで恐ろしい。
「ダイジョウブだよ」
シャルは言った。
「今までで十分わかってるじゃない。この島ではフェイテルサマ、
なにもできないよ」
「そうですね」
「でもね。可能性があるから注意くらいはしておいたほうがいいかもね」
そう、フォーゼは言うと、立ち上がった。
「さ、一回合同宿舎に戻してもらおう。ガンマ君も休みたいだろうしね」
「がんまー!」
しかしガンマは、合同宿舎では休めそうになかった。
「がんま、がんま、がんま、がんま、がんまー!」
「やめてくれ。オレサマ、自分の名前がゲシュタルト崩壊しそうになってるんだが」
そう言うと、一旦、プラストスはガンマから離れた。
しかし安心したのもつかの間。
今度は正面から抱きついて、
「がんまー。よかったのー。よかったのー!」
と泣き出したのである。
「げげっ」
ホリレスの涙は、聖水みたいなものである。邪悪な存在のガンマにとっては毒だ。
ジューっと、彼の体から煙が立ち上る。
「痛ぇ、痛ぇ!」
必死に叫ぶが、プラストスには聞こえていないようだ。
「あーあー」
「懐かれると大変なんだねぇ」
「任務だと思って諦めなさい」
3人の邪心は、他人事だ。
「嫌われるぞ」
そこへずばっと入る、合同宿舎の主、つまりプラストスの兄の声。
「…なんで?」
涙目のプラストスは、オルドビスへ問いかけた。
「痛がっているじゃないか。それなのに、それをやめないなら、
嫌われても仕方ないな」
「やー!」
そして再び泣き出す。
「はあ。なにもわかっていない…」
これ以上はフォローするつもりもないらしい。
頑張れ、ガンマ。
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「あ、あそこの方々が、依頼主さんっぽいですねー」
遠くからカルニアの声が聞こえる。
ああ、カルニアがモニターからこちらを見ているのね。
だけど。
「フェイテル様ー、私を連れ出してくださーい。そちらの方々は、
私の新技術、武器強化の依頼を下さった方々なのですよ~」
確かに、そうなのかもしれない。
だけど。
「フェイテル様ってばー!」
「貴方の手に負えないわよ?」
召喚すると同時に、カルニアに言い放つ。
出てきた彼はきょとんとした顔で私を見た。
「そんな意地悪言わないでくださいよ~」
そしてカルニアは、依頼主の少女の武器を強化した。
「いかがでしょうか!」
満足げに言う。声は生き生きとしていて、自分の腕に自信があるのがよくわかる。
『英雄』の彼女が喜ぶ横で、私は口を開いた。
「それで、困っている魔王さん? 見せて御覧なさい」
え、なにを? とカルニアが視線を送ってきたのがわかった。
・
・
・
『魔王』
ヒトでありながらそう名乗る彼に興味を持っていた。
音楽を奏でる者たちにいつも興味を持っていたけれど、
彼と、彼に出会うことになった場にいた中性的な小さい子も面白い。
この魔王は真の意味での魔王なのか。
あるとき、シャルが面白がって彼に会いに行くと言うので、ついていったときから
持つ疑問。困ったことに自分にはその答えがわからなかったのだ。悔しいことに。
(私は“全知”では無いのだから仕方がないわよね)
と、自分を納得させていた。
でも今、それを確かめるチャンスがある。
そして、無謀としか言いようが無い練習試合を申し込んだ。
1対3。おまけに今の自分は能力がヒト以下。
水晶玉の中から、クレームがごうごう聞こえてきたが、無視した。そして言う。
「安心なさい。今日は貴方たちを呼ばないわ」
水晶玉の中から、今度は狼狽や叫びが聞こえてきた。
なにを考えているのか、と。
「フツーの召喚物体じゃ、ますます歯がたたないよ!」
シャルが言う。
「そうだ。お前を誰が回避させていると思うんだ。
誰が剣を振るっていると思うのだ」
私に使われるのを嫌っているエリアスが言う。きっとこの子はお人よしなのだ。
仇のはずの私を気遣うなんて。
「そうですよ~。フェイテル様、負けるのには慣れていらっしゃらないでしょう?
やめてくださいな。後でお怒りになられても困りますし」
カルニアは言う。そのとおりだ。
相手が、普通の相手なら。
・
・
・
私は、弱すぎた。
(まさかここまでとはね)
確かめる暇も無く、自分は倒れていた。
相手を下に見ていたわけではない。少しの隙ならあると思っていただけ。
そんなもの、無かった。自然と笑みが零れてくる。
『全力で掛かってくるがいい!』
そう言ってくれた、魔王に申し訳ないくらいだ。
私は、ちゃんと全力で行くつもりだったのだけれど。
「フェイテル様~ どういうおつもりだったのですか?!
いつものように壁を出さないなんて。
か弱いお体では3名の攻撃を耐えられるわけないじゃないですかぁ」
横に転がっている水晶玉から声が聞こえてくる。
くっくっく、と私は笑った。
「――貴様!」
その笑い方で感づいたか、エリアスが厳しい声を出す。
「そうよ」
私は言う。
「私は全力を出すつもりだった。もっとも、この島での私の全力なんて、
たかが知れているでしょうけど」
今の私の姿は、仮初め。ただ、あれを本性と言うには本当の姿と
この姿はあまり変わらないので正しくは無い。
「だが、弱体化している事実はあっても、
本性にまでその影響が出ていないとは限らん!」
エリアスの怒りの声は続く。
「だって知りたかったんですもの。魔王のこと」
ぽつりと私はつぶやいた。
「お前はいつまでも変わらんな。いつもは黙っているくせに、
いつも冷静でいるくせに、興味が絡むと手段を選ばない!」
言っているのはエリアス。
でも、私には、私には――
エリアスの遠い前世だった、我が弟、デスティニーの叫びにしか聞こえなかった。
涙が、零れた。
けれど、顔は笑顔を形作っている。
それがまた滑稽に思えて、さらに涙が溢れるのだった。
------------------
補足説明
・間1.40日目のギュス様の日記参照。
要約すると、ギュス様の魂の武具、聖棍(トンファー)を
いろいろやって再生させました。
・間2.ギュス様ご一行との練習試合
2ターンで終了。
2ターン目に必殺技を狙っていましたが、その前にSP枯渇を
喰らってしまいましたとさ。
遠くからカルニアの声が聞こえる。
ああ、カルニアがモニターからこちらを見ているのね。
だけど。
「フェイテル様ー、私を連れ出してくださーい。そちらの方々は、
私の新技術、武器強化の依頼を下さった方々なのですよ~」
確かに、そうなのかもしれない。
だけど。
「フェイテル様ってばー!」
「貴方の手に負えないわよ?」
召喚すると同時に、カルニアに言い放つ。
出てきた彼はきょとんとした顔で私を見た。
「そんな意地悪言わないでくださいよ~」
そしてカルニアは、依頼主の少女の武器を強化した。
「いかがでしょうか!」
満足げに言う。声は生き生きとしていて、自分の腕に自信があるのがよくわかる。
『英雄』の彼女が喜ぶ横で、私は口を開いた。
「それで、困っている魔王さん? 見せて御覧なさい」
え、なにを? とカルニアが視線を送ってきたのがわかった。
・
・
・
『魔王』
ヒトでありながらそう名乗る彼に興味を持っていた。
音楽を奏でる者たちにいつも興味を持っていたけれど、
彼と、彼に出会うことになった場にいた中性的な小さい子も面白い。
この魔王は真の意味での魔王なのか。
あるとき、シャルが面白がって彼に会いに行くと言うので、ついていったときから
持つ疑問。困ったことに自分にはその答えがわからなかったのだ。悔しいことに。
(私は“全知”では無いのだから仕方がないわよね)
と、自分を納得させていた。
でも今、それを確かめるチャンスがある。
そして、無謀としか言いようが無い練習試合を申し込んだ。
1対3。おまけに今の自分は能力がヒト以下。
水晶玉の中から、クレームがごうごう聞こえてきたが、無視した。そして言う。
「安心なさい。今日は貴方たちを呼ばないわ」
水晶玉の中から、今度は狼狽や叫びが聞こえてきた。
なにを考えているのか、と。
「フツーの召喚物体じゃ、ますます歯がたたないよ!」
シャルが言う。
「そうだ。お前を誰が回避させていると思うんだ。
誰が剣を振るっていると思うのだ」
私に使われるのを嫌っているエリアスが言う。きっとこの子はお人よしなのだ。
仇のはずの私を気遣うなんて。
「そうですよ~。フェイテル様、負けるのには慣れていらっしゃらないでしょう?
やめてくださいな。後でお怒りになられても困りますし」
カルニアは言う。そのとおりだ。
相手が、普通の相手なら。
・
・
・
私は、弱すぎた。
(まさかここまでとはね)
確かめる暇も無く、自分は倒れていた。
相手を下に見ていたわけではない。少しの隙ならあると思っていただけ。
そんなもの、無かった。自然と笑みが零れてくる。
『全力で掛かってくるがいい!』
そう言ってくれた、魔王に申し訳ないくらいだ。
私は、ちゃんと全力で行くつもりだったのだけれど。
「フェイテル様~ どういうおつもりだったのですか?!
いつものように壁を出さないなんて。
か弱いお体では3名の攻撃を耐えられるわけないじゃないですかぁ」
横に転がっている水晶玉から声が聞こえてくる。
くっくっく、と私は笑った。
「――貴様!」
その笑い方で感づいたか、エリアスが厳しい声を出す。
「そうよ」
私は言う。
「私は全力を出すつもりだった。もっとも、この島での私の全力なんて、
たかが知れているでしょうけど」
今の私の姿は、仮初め。ただ、あれを本性と言うには本当の姿と
この姿はあまり変わらないので正しくは無い。
「だが、弱体化している事実はあっても、
本性にまでその影響が出ていないとは限らん!」
エリアスの怒りの声は続く。
「だって知りたかったんですもの。魔王のこと」
ぽつりと私はつぶやいた。
「お前はいつまでも変わらんな。いつもは黙っているくせに、
いつも冷静でいるくせに、興味が絡むと手段を選ばない!」
言っているのはエリアス。
でも、私には、私には――
エリアスの遠い前世だった、我が弟、デスティニーの叫びにしか聞こえなかった。
涙が、零れた。
けれど、顔は笑顔を形作っている。
それがまた滑稽に思えて、さらに涙が溢れるのだった。
------------------
補足説明
・間1.40日目のギュス様の日記参照。
要約すると、ギュス様の魂の武具、聖棍(トンファー)を
いろいろやって再生させました。
・間2.ギュス様ご一行との練習試合
2ターンで終了。
2ターン目に必殺技を狙っていましたが、その前にSP枯渇を
喰らってしまいましたとさ。
「願い事的に。願い事的に」
フェイテルがぽつりぽつりと呟いた。
「なーに、それ?」
シャルが問う。フェイテルは振り向くと、珍しく不思議そうな顔(笑顔ではあるが、
眉が下がっている)をしていた。
「街の掲示板で見たの。この島は50日目に滅びると、私がこの世界に来る前に
予見したわ。でもね、それが変わっているかもしれないんですって」
珍しく断言しなかったことにシャルは内心驚きつつも、ふーんと適当に相槌を打つ。
「街の掲示板に、この島の存在は延びます、願い事的に。って書いてあったのよ。
とても曖昧。願い事的とは言葉の上ではってことなのかしらね。
そもそもそれが本物という保障も無いけれど」
シャルは首をかしげてみせた。
「よくわかんないー」
「そうね。私がわからないんですもの」
事実上見下されたシャルはぷう、と頬を膨らませる。
「いずれにせよ、あと10日でやるべきことは終わらせなくてはね」
「やるべきこと?」
シャルが問い返す。しかしフェイテルはなにも答えず、さっと水晶玉を撫でた。
「あ!」
なにが起こるか即座に理解したシャルは反論しようとしたが、その願いは叶わず、
邪心たちは合同宿舎に追い返されていった。
フェイテルはひとり、遺跡を歩き始めていた。
「静かね。こんなの久しぶり」
フェイテルは自分の管轄する世界たちのひとつに居座って、
自分の仕事を行っていた。そこは以前人々が栄え、
世界の滅亡を3度逃れてきた世界だった。
しかし文明が進むにつれ、ヒトは逆に数を減らし、
最終的になにも無くなってしまったのだ。
そこが寂しいとフェイテルは降り立ったのだが、
自分ひとりが増えただけで何かが変わることは無かった。
しかしフェイテルは特段状況が変わらないことを辛いと思ったことは無かった。
そこに来る前から事実上、ずっと一人だったからだ。
「そうよ。寂しいなんて思わなかった――あの子のあの姿を見るまでは」
フェイテルには対になる存在があった。
それが弟、デスティニー。
彼が、たくさんの司たちに囲まれて、怒りながらも。
「あの子が、笑うなんて――」
――その後のことは、思い出したくない。
「暗い(くっらい)ですねー」
カルニアが合同宿舎のテレビを見ながら言う。
彼の横ではほかほかのボルシチができていたが、全員に食わんと言われ
放置されていた。それをカルニアのペット、がお、が狙っている。
「フェイテル様も所詮私たちと同じってことでしょうか」
「それ、どういうこと? 邪心と同じ扱いするとフェイテルサマ、露骨に嫌がるから
根拠が欲しいなー」
ずずず、と音がする。
エリアスが横で出前で入手したラーメンをいただいているのだ。
「いえ、私たちは邪心になった際にケイオスを設定されているじゃないですか。
例えば私なら欺瞞。貴方なら不正義」
シャルはこくこくと頷いた。
「ロウとケイオス。両方を持っているのがボクたち邪心!」
「そういえば、そう名乗るように言い出したのは貴方でしたね」
するとシャルは目を閉じて、口元には笑みを浮かべた。
「だって司と一緒にするほどの存在じゃ、ないもん」
「寂しいのかい?」
フォーゼが会話の輪の中に入ってきた。
「んー? 寂しそうに見えた?」
声のテンションもいつもより若干低い。
おかげで、それはもう、とフォーゼは断言することになる。
「ボクはさ。あまり強くなりたくないんだよね。強くなると人と感覚が
だんだんずれてくる。ずれないように、と気をつけていても気がつけば、
周りの力ある者たちに染まってるんだ」
「じゃあ、司と一緒じゃないって良いことじゃないか」
シャルは困ったように眉を下げ、小首を傾げた。軽い笑みがそこには浮かんでいる。
「いいことだよ。でもさ、フェイテルサマはどうなんだろ?
ひとりは寂しくないのかなー?」
「寂しくないわけない」
ラーメンをすするのをやめてエリアスがぼそりと呟いた。
「おお! エリーがフェイテルサマを援護しているぞ!」
「援護じゃなくて、擁護でしょう」
カルニアが突っ込みを入れている間もエリアスは、ぼう、と空中を見ていたが、
突然正面を向いて沈黙をした。
それからしばらくして、不思議そうに邪心たちに問いかけた。
「ラーメンが伸びている…俺は寝ていたのか?」
相変わらずボケている。全員がそう思った。
ぺろーん。
その間に、がおがボルシチを鍋ごと食べていた。
「で、話は戻るけど、フェイテルサマが暗いの?」
「ええ、そうですよ。ですから私たちのように宿命と○○の司ってフレーズを
つけて差し上げたらピッタリじゃないかと思いまして」
ちなみに彼ら邪心についているフレーズは、人々がケイオスの意味のフレーズを。
フェイテルがロウの意味のフレーズをつけていたのだった。
「勝手につけたら怒られるでしょ?」
フォーゼがクスクスと笑った。
「でも面白そうじゃない!」
シャルはやる気と元気が出てきたのか立ち上がって宙返りをした。
「おお、ボク絶好調!」
「やるなら勝手にやれ。だがうるさい。宴会場にでも移動しろ。
あとカルニアはまともな昼食を作ること」
今まで知らん振りをしていた合同宿舎の主、オルドビスが言った。
「えー。ボルシチだってまともな料理ですよ!
そこまでいうなら今度はハヤシライス作りますよ!」
あまり変わらない…
「それも却下されたらビーフシチューを作りますよ!
それがダメならローストビーフを!」※ビーフストロガノフの間違いです。
却下されればされるほど、ペットのおなかが満たされる。
そうわかっていて、カルニアはこんなことを言っているのだった。
「馬鹿を言っていると、お前を滅ぼすぞ。どうせただの端末なのだから」
カルニアの本体はこの合同宿舎がある世界の地の奥にあるのだ。
そこからひょろろーと根っこのようなものが伸びて、
外で活動するカルニアができていたりする。
「端末だなんて、機械みたいでイヤですよぅ。
せめてキノコとよんでもらいたいですね~」
「え!? がうがー、ごがん?(え!? マスター、ご飯?)」
食べ物を喩えに使うと、がお、が食いついてきた。
カルニアはそんながおを撫でながら、ではお昼ご飯の作り直し~と
台所へ歩いていくのだった。
さて宴会場である。
オルドビスが自分の家の横に増設した、大量の人数を収納できる広場だ。
その大きさや、ホリレス族全員を収納したという実績がある。
その隅っこで、シャルとフォーゼはおしゃべりを続けていた。
「ふたりでここにいるのはちょっと寂しいねー」
「まあ、じきにエリアス君も来るだろう。
言い出しっぺさんはさっさと仕事を終わらせてもらいたいね」
「ウン。もちろんここにお昼ご飯持ってね!」
そうそう。そう言ってフォーゼは立ち上がり、宴会場のテレビをつけた。
「おお! この部屋のテレビも遺跡と繋がってるんだー。便利便利!
さて、フェイテルサマはどうしているかなっと♪」
興味シンシン! とシャルはモニターに釘付けになった。
フェイテルは魔方陣を出てから、次の魔方陣を目指して歩いている。
その間に、たくさんの人々とすれ違った。
しかしそれはフェイテルにとっては空気のようなもので、
大して気にしていなかった。
――が、その足が止まった。
フェイテルが休憩しようとしていたところにいた少年に、見覚えがあったからだ。
「あの子は、シャルの」
少年は一人では無かった。しかしフェイテルには、その少年しか見えていなかった。
その少年の名は、仰木 ユウト。
フェイテルがぽつりぽつりと呟いた。
「なーに、それ?」
シャルが問う。フェイテルは振り向くと、珍しく不思議そうな顔(笑顔ではあるが、
眉が下がっている)をしていた。
「街の掲示板で見たの。この島は50日目に滅びると、私がこの世界に来る前に
予見したわ。でもね、それが変わっているかもしれないんですって」
珍しく断言しなかったことにシャルは内心驚きつつも、ふーんと適当に相槌を打つ。
「街の掲示板に、この島の存在は延びます、願い事的に。って書いてあったのよ。
とても曖昧。願い事的とは言葉の上ではってことなのかしらね。
そもそもそれが本物という保障も無いけれど」
シャルは首をかしげてみせた。
「よくわかんないー」
「そうね。私がわからないんですもの」
事実上見下されたシャルはぷう、と頬を膨らませる。
「いずれにせよ、あと10日でやるべきことは終わらせなくてはね」
「やるべきこと?」
シャルが問い返す。しかしフェイテルはなにも答えず、さっと水晶玉を撫でた。
「あ!」
なにが起こるか即座に理解したシャルは反論しようとしたが、その願いは叶わず、
邪心たちは合同宿舎に追い返されていった。
フェイテルはひとり、遺跡を歩き始めていた。
「静かね。こんなの久しぶり」
フェイテルは自分の管轄する世界たちのひとつに居座って、
自分の仕事を行っていた。そこは以前人々が栄え、
世界の滅亡を3度逃れてきた世界だった。
しかし文明が進むにつれ、ヒトは逆に数を減らし、
最終的になにも無くなってしまったのだ。
そこが寂しいとフェイテルは降り立ったのだが、
自分ひとりが増えただけで何かが変わることは無かった。
しかしフェイテルは特段状況が変わらないことを辛いと思ったことは無かった。
そこに来る前から事実上、ずっと一人だったからだ。
「そうよ。寂しいなんて思わなかった――あの子のあの姿を見るまでは」
フェイテルには対になる存在があった。
それが弟、デスティニー。
彼が、たくさんの司たちに囲まれて、怒りながらも。
「あの子が、笑うなんて――」
――その後のことは、思い出したくない。
「暗い(くっらい)ですねー」
カルニアが合同宿舎のテレビを見ながら言う。
彼の横ではほかほかのボルシチができていたが、全員に食わんと言われ
放置されていた。それをカルニアのペット、がお、が狙っている。
「フェイテル様も所詮私たちと同じってことでしょうか」
「それ、どういうこと? 邪心と同じ扱いするとフェイテルサマ、露骨に嫌がるから
根拠が欲しいなー」
ずずず、と音がする。
エリアスが横で出前で入手したラーメンをいただいているのだ。
「いえ、私たちは邪心になった際にケイオスを設定されているじゃないですか。
例えば私なら欺瞞。貴方なら不正義」
シャルはこくこくと頷いた。
「ロウとケイオス。両方を持っているのがボクたち邪心!」
「そういえば、そう名乗るように言い出したのは貴方でしたね」
するとシャルは目を閉じて、口元には笑みを浮かべた。
「だって司と一緒にするほどの存在じゃ、ないもん」
「寂しいのかい?」
フォーゼが会話の輪の中に入ってきた。
「んー? 寂しそうに見えた?」
声のテンションもいつもより若干低い。
おかげで、それはもう、とフォーゼは断言することになる。
「ボクはさ。あまり強くなりたくないんだよね。強くなると人と感覚が
だんだんずれてくる。ずれないように、と気をつけていても気がつけば、
周りの力ある者たちに染まってるんだ」
「じゃあ、司と一緒じゃないって良いことじゃないか」
シャルは困ったように眉を下げ、小首を傾げた。軽い笑みがそこには浮かんでいる。
「いいことだよ。でもさ、フェイテルサマはどうなんだろ?
ひとりは寂しくないのかなー?」
「寂しくないわけない」
ラーメンをすするのをやめてエリアスがぼそりと呟いた。
「おお! エリーがフェイテルサマを援護しているぞ!」
「援護じゃなくて、擁護でしょう」
カルニアが突っ込みを入れている間もエリアスは、ぼう、と空中を見ていたが、
突然正面を向いて沈黙をした。
それからしばらくして、不思議そうに邪心たちに問いかけた。
「ラーメンが伸びている…俺は寝ていたのか?」
相変わらずボケている。全員がそう思った。
ぺろーん。
その間に、がおがボルシチを鍋ごと食べていた。
「で、話は戻るけど、フェイテルサマが暗いの?」
「ええ、そうですよ。ですから私たちのように宿命と○○の司ってフレーズを
つけて差し上げたらピッタリじゃないかと思いまして」
ちなみに彼ら邪心についているフレーズは、人々がケイオスの意味のフレーズを。
フェイテルがロウの意味のフレーズをつけていたのだった。
「勝手につけたら怒られるでしょ?」
フォーゼがクスクスと笑った。
「でも面白そうじゃない!」
シャルはやる気と元気が出てきたのか立ち上がって宙返りをした。
「おお、ボク絶好調!」
「やるなら勝手にやれ。だがうるさい。宴会場にでも移動しろ。
あとカルニアはまともな昼食を作ること」
今まで知らん振りをしていた合同宿舎の主、オルドビスが言った。
「えー。ボルシチだってまともな料理ですよ!
そこまでいうなら今度はハヤシライス作りますよ!」
あまり変わらない…
「それも却下されたらビーフシチューを作りますよ!
それがダメならローストビーフを!」※ビーフストロガノフの間違いです。
却下されればされるほど、ペットのおなかが満たされる。
そうわかっていて、カルニアはこんなことを言っているのだった。
「馬鹿を言っていると、お前を滅ぼすぞ。どうせただの端末なのだから」
カルニアの本体はこの合同宿舎がある世界の地の奥にあるのだ。
そこからひょろろーと根っこのようなものが伸びて、
外で活動するカルニアができていたりする。
「端末だなんて、機械みたいでイヤですよぅ。
せめてキノコとよんでもらいたいですね~」
「え!? がうがー、ごがん?(え!? マスター、ご飯?)」
食べ物を喩えに使うと、がお、が食いついてきた。
カルニアはそんながおを撫でながら、ではお昼ご飯の作り直し~と
台所へ歩いていくのだった。
さて宴会場である。
オルドビスが自分の家の横に増設した、大量の人数を収納できる広場だ。
その大きさや、ホリレス族全員を収納したという実績がある。
その隅っこで、シャルとフォーゼはおしゃべりを続けていた。
「ふたりでここにいるのはちょっと寂しいねー」
「まあ、じきにエリアス君も来るだろう。
言い出しっぺさんはさっさと仕事を終わらせてもらいたいね」
「ウン。もちろんここにお昼ご飯持ってね!」
そうそう。そう言ってフォーゼは立ち上がり、宴会場のテレビをつけた。
「おお! この部屋のテレビも遺跡と繋がってるんだー。便利便利!
さて、フェイテルサマはどうしているかなっと♪」
興味シンシン! とシャルはモニターに釘付けになった。
フェイテルは魔方陣を出てから、次の魔方陣を目指して歩いている。
その間に、たくさんの人々とすれ違った。
しかしそれはフェイテルにとっては空気のようなもので、
大して気にしていなかった。
――が、その足が止まった。
フェイテルが休憩しようとしていたところにいた少年に、見覚えがあったからだ。
「あの子は、シャルの」
少年は一人では無かった。しかしフェイテルには、その少年しか見えていなかった。
その少年の名は、仰木 ユウト。
○引き続きDarkPinkHorse!!でサマーバケーション中○
1日ずれているのはキニシナイ!
「すてきだわ」
フェイテルがぽつりと呟く。
「とことん、フェイテル様は歌がお好きですね」
カルニアは言う。
飛び交う世界――まるで原子のコア・電子のように位置する
フェイテルたちの世界にはコアに相当するものも存在していた。
そこでただ立っているだけだったフェイテルに、そんな機能がついていることが
カルニアには驚きだった。
「歌というより音楽だわ。音楽が好き。聞いているとね、私に足りないたくさんの
ものたちと出会っている錯覚に陥るの。そこが素晴らしいと思っているわ」
「そんなものですか…」
フェイテルには、元の世界では強力すぎる力がある。というのに、必要ないからと
いう理由で欠けているものもたくさんあった。
あまりにも不自然な存在。
それを体験していないカルニアには、彼女の気持ちを想像しろというほうが
無理難題である。
「でもでも。フェイテルサマにそんな面があったって知ったとき、
ボクは嬉しかったよ! ボクとわかりあえるところがあるってことだもん」
シャルはそう言って、手持ちのコーヒーを全て飲み干した。
「嬉しかった? 何故?」
フェイテルがぽつりと呟く。
「もう! 理由はちゃんと言ったでしょー」
聞いてなかったの? ぷんすかぷん! と、シャルは頬を膨らませた。
それに対してフェイテルは首を振り、そうじゃなくてね、と続ける。
「私とわかりあえて、なにが嬉しいの?」
「………」
その疑問にシャルの目は点になった。
「フェ、フェイテルサマ…」
相手の名を呼んだものの、次の言葉が出てこない。
固まっていると、ひょいとフォーゼが食べ物をテーブルの上にドンと置いた。
「悲しい話は後回し。今はせっかくお邪魔しているのだから、
お食事会を楽しまなくちゃ」
その顔は満面の笑み。
「お前が食べたいだけじゃないのか?」
エリアスが淡々と突っ込んだ。
「いいじゃないか。サマーバケーションとして海辺で大々的にやっていると
いうのに、そこで関係ない湿っぽい話をしているのは、
ライブを準備した人に失礼だと思わないかい?」
否定はせず、フォーゼは笑いながら、食べ物を適当に分配し始めた。
「あ、すみません! 私がやりますよ~」
カルニアが慌てて小皿を取り、取り分けはじめる。
シャルは勝手に小皿を取り、トリのから揚げを独占した。
エリアスはそこからひとつ、トリのから揚げを取った。
ライブが終わり、歓声が上がる。
そして食事会にと変わった会場はとても賑やかなものだった。
「歩き回って、いいかしら?」
フェイテルは邪心たちに問う。
「ほえ!?」
またシャルの目が点になった。
「フェイテルサマが会場に興味を持っている! オドロキ!」
ははは。フォーゼが笑った。しかしエリアスは眉をひそめる。
「お前がひとりで歩くと何をしだすかわからない。俺も一緒に行く」
ははは。フォーゼがまた笑った。
「常識知らずさんがセットになったらカオスになるだけだよ。
そうだね、カルニア君が良かったら、案内してあげたらどう?」
「そこは立候補するところでしょうが! どうして私に振るんです!?」
カルニアは抗議の声。
「嫌なの?」
シャルのなんの他意も無さそうな問いに、カルニアはため息をついた。
「いいえ。私もフェイテル様の行動には興味がありますから――行きますよ」
「じゃあ決まり! 解散ッ!」
シャルが嬉しそうに言うと、食事の元へダッシュで走っていった。
それを呆れた視線で見送った一同も、やがて解散していった。
「ロランさーん!」
シャルは古い記憶の中に鮮明に残っていた時代の知り合いの姿を見つけると、
突撃をかました。
彼は人間のはずなので、自分がいかに時代を遡ってきてしまったのかを
実感する相手である。
しかしシャルが喚こうと叫ぼうと絡もうと冷静に対処する人でもある。
そういうところがシャルには無いので、実は憧れていたりなんかするのだった。
「こういうところにも来るんだね! 意外~。相変わらずカッコイイなぁ…って、
暑くないの?」
褒めてから黒コートの彼にぽつんと疑問を投げかける。
すると彼はちらりとシャルを見て、視線をすいと横にそらし、そして…
「あ、あそこにルチルさんがいらっしゃるじゃないですか!」
フェイテルと共に歩いているカルニアが彼女に手を振る。
料理を広げて友人であろう人々と、すでに食事会を楽しんでいるようである彼女は
カルニアに気がつくとおそらくいつものように笑顔を向けるであろう。
しかし失礼なフェイテルはライブの主役を目で追っているのである。
エリアスはぷらぷらと食事を探していた。
人見知りが激しい彼からは話しかけることは無いだろう。
黒尽くめで、近寄りがたい「固さ」のオーラを纏っている彼に、
話しかける猛者はいるのだろうか。
フォーゼは酒場のマスターと軽く話をしている。初対面なので失礼の無いように
話すのだろうが、酒が入ると話は別だ。きっと素の少々生意気な食いしん坊が
顔を出すに違いない。
---------------
その様子を、ベージュのマントで全身を隠した不審な影が見ていることなど、
誰も気がつかなかった。
マントの下に見えるのは、色白の肌と、死んだような青い瞳。
1日ずれているのはキニシナイ!
「すてきだわ」
フェイテルがぽつりと呟く。
「とことん、フェイテル様は歌がお好きですね」
カルニアは言う。
飛び交う世界――まるで原子のコア・電子のように位置する
フェイテルたちの世界にはコアに相当するものも存在していた。
そこでただ立っているだけだったフェイテルに、そんな機能がついていることが
カルニアには驚きだった。
「歌というより音楽だわ。音楽が好き。聞いているとね、私に足りないたくさんの
ものたちと出会っている錯覚に陥るの。そこが素晴らしいと思っているわ」
「そんなものですか…」
フェイテルには、元の世界では強力すぎる力がある。というのに、必要ないからと
いう理由で欠けているものもたくさんあった。
あまりにも不自然な存在。
それを体験していないカルニアには、彼女の気持ちを想像しろというほうが
無理難題である。
「でもでも。フェイテルサマにそんな面があったって知ったとき、
ボクは嬉しかったよ! ボクとわかりあえるところがあるってことだもん」
シャルはそう言って、手持ちのコーヒーを全て飲み干した。
「嬉しかった? 何故?」
フェイテルがぽつりと呟く。
「もう! 理由はちゃんと言ったでしょー」
聞いてなかったの? ぷんすかぷん! と、シャルは頬を膨らませた。
それに対してフェイテルは首を振り、そうじゃなくてね、と続ける。
「私とわかりあえて、なにが嬉しいの?」
「………」
その疑問にシャルの目は点になった。
「フェ、フェイテルサマ…」
相手の名を呼んだものの、次の言葉が出てこない。
固まっていると、ひょいとフォーゼが食べ物をテーブルの上にドンと置いた。
「悲しい話は後回し。今はせっかくお邪魔しているのだから、
お食事会を楽しまなくちゃ」
その顔は満面の笑み。
「お前が食べたいだけじゃないのか?」
エリアスが淡々と突っ込んだ。
「いいじゃないか。サマーバケーションとして海辺で大々的にやっていると
いうのに、そこで関係ない湿っぽい話をしているのは、
ライブを準備した人に失礼だと思わないかい?」
否定はせず、フォーゼは笑いながら、食べ物を適当に分配し始めた。
「あ、すみません! 私がやりますよ~」
カルニアが慌てて小皿を取り、取り分けはじめる。
シャルは勝手に小皿を取り、トリのから揚げを独占した。
エリアスはそこからひとつ、トリのから揚げを取った。
ライブが終わり、歓声が上がる。
そして食事会にと変わった会場はとても賑やかなものだった。
「歩き回って、いいかしら?」
フェイテルは邪心たちに問う。
「ほえ!?」
またシャルの目が点になった。
「フェイテルサマが会場に興味を持っている! オドロキ!」
ははは。フォーゼが笑った。しかしエリアスは眉をひそめる。
「お前がひとりで歩くと何をしだすかわからない。俺も一緒に行く」
ははは。フォーゼがまた笑った。
「常識知らずさんがセットになったらカオスになるだけだよ。
そうだね、カルニア君が良かったら、案内してあげたらどう?」
「そこは立候補するところでしょうが! どうして私に振るんです!?」
カルニアは抗議の声。
「嫌なの?」
シャルのなんの他意も無さそうな問いに、カルニアはため息をついた。
「いいえ。私もフェイテル様の行動には興味がありますから――行きますよ」
「じゃあ決まり! 解散ッ!」
シャルが嬉しそうに言うと、食事の元へダッシュで走っていった。
それを呆れた視線で見送った一同も、やがて解散していった。
「ロランさーん!」
シャルは古い記憶の中に鮮明に残っていた時代の知り合いの姿を見つけると、
突撃をかました。
彼は人間のはずなので、自分がいかに時代を遡ってきてしまったのかを
実感する相手である。
しかしシャルが喚こうと叫ぼうと絡もうと冷静に対処する人でもある。
そういうところがシャルには無いので、実は憧れていたりなんかするのだった。
「こういうところにも来るんだね! 意外~。相変わらずカッコイイなぁ…って、
暑くないの?」
褒めてから黒コートの彼にぽつんと疑問を投げかける。
すると彼はちらりとシャルを見て、視線をすいと横にそらし、そして…
「あ、あそこにルチルさんがいらっしゃるじゃないですか!」
フェイテルと共に歩いているカルニアが彼女に手を振る。
料理を広げて友人であろう人々と、すでに食事会を楽しんでいるようである彼女は
カルニアに気がつくとおそらくいつものように笑顔を向けるであろう。
しかし失礼なフェイテルはライブの主役を目で追っているのである。
エリアスはぷらぷらと食事を探していた。
人見知りが激しい彼からは話しかけることは無いだろう。
黒尽くめで、近寄りがたい「固さ」のオーラを纏っている彼に、
話しかける猛者はいるのだろうか。
フォーゼは酒場のマスターと軽く話をしている。初対面なので失礼の無いように
話すのだろうが、酒が入ると話は別だ。きっと素の少々生意気な食いしん坊が
顔を出すに違いない。
---------------
その様子を、ベージュのマントで全身を隠した不審な影が見ていることなど、
誰も気がつかなかった。
マントの下に見えるのは、色白の肌と、死んだような青い瞳。
○DarkPinkHorse!!でサマーバケーション中○
「さまーばけーしょん、って知ってる?」
シャルが言い出した。
「さあ?」
「知らん」
「知らないなぁ」
他使い魔3名は口々に答えた。フェイテルはその横で、すっかり居ついている
ライブ会場の歌声に耳を傾けている。
「夏だ! 海だ! ダンスだ! というお祭りだよ」
「あ、嘘邪霊発見。(ぱくっ)」
シャルの解説の後半、ダンスのところで嘘の小さな邪霊が飛び出した。
すかさずいただくカルニア。
「嘘じゃないもん! ボクは踊るんだい!」
嘘…というより思い込みで発言をしたらしい。そして本当にくるくると踊りだした。
「元気だな、お前は」
エリアスが呆れて言う。するとシャルは回転をやめ、つかつかとエリアスの元へ
やってくると、手を引いて無理やり立たせた。
「エリーも一緒に踊ろー」
くるくる。
シャルはエリアスを回し始めた。
「やめろ。無駄な行為だ」
しかし、シャルはどこ吹く風だ。
「ムダ? ムダじゃないよ。現に、舞術だって存在してるんだぞ!」
「それはそうだけどねえ」
フォーゼは諦めたかのように、首を左右に振りながら、
そう、首の体操のようにしながら言った。
「しかし賑やかですねぇ…」
ライブ会場は熱気に包まれている。カルニアはもらったジュースを飲みながら、
ライブの中心地の那智さんを見た。
フェイテルもライブ前にいただいたノンアルコールカクテルをいただいている。
(味覚もほとんどないのに…もったいない)
カルニアは思った。
すると、フェイテルがカルニアのほうを振り向き、にっこりと笑った。
「あー! ライブ聴いているふりして監視ですか! ずるいですよぅ!」
フェイテルは微笑んだままなので、カルニアは言葉を続ける。
「音楽がお好きなんですよね? でしたらちゃんと聴かないと失礼ですよ!
あと、せっかくいただいたものなんですから、それもちゃんと味わってください!」
「好きで味覚音痴なわけではないのだけれど」
フェイテルは静かに言った。その声は沈んだものだったが、
あたりの賑やかな世界もあって、カルニアが言葉の裏を読むことは難しかった。
「精一杯、おいしくいただいているわ」
「おいしくいただいているよー!」
エリアスを回すのに飽きたのか、シャルがテーブルに乗せていた自分のグラスを
持ってやってきた。
「このコーヒー、おいしい! 名前は難しくてよくわかんないけど!」
「…苦そうですね」
シャルの笑顔からカルニアはそう判断した。
「飲み物がもらえるところがあるのかい? だったら僕も行きたいね。
エリアスの分も取ってこよう。なにか希望は?」
「ラーメン」
フォーゼが気を利かせて言ったのに、エリアスの答えはボケていた。
すぐさまカルニアが指摘する。
「ラーメンは飲み物ではありません!」
「…他に好き嫌いは無い。任せる」
エリアスはそう言うと、ぷいとカルニアから視線を外した。
「しかし…」
カルニアは呟く。その心の中には、先日消えてしまった騒がしい自分の配下のことが
浮かんでいた。
フェイテルはなにも言わない。カルニアの言うとおり、音楽に集中しているのか、
あえてなにも言わないのかは誰にもわからない。
(あの子がここに来ていたら大喜びだったんでしょうね。
一緒に歌ったかもしれない。…ああ、歌う才能はついてませんでしたね)
胸が痛む。一度滅びた者を蘇らせただけあって、配下たちにはそれなりに
愛情が湧いていたのだ。それに気付いて、彼はため息をつく。
「無くなってから…わかるものですね…」
「んー、なーにがー?」
独り言に対して、シャルが反応した。
「シャル。貴方は今まで普通にあったものが無くなって、それからその普通だった
ものがとても大切だったんだ、って思ったことはありますか?」
問いかけられた者はちびりちびりとコーヒーを飲みながら、うーんと声を上げた。
「ボクは基本的になんでも大切だと思ってるから、なかなかないなぁ」
「そうですか」
カルニアは下を向く。が、まだ考えていたシャルはグラスを持ったまま
動きを静止させて、ぽつんと呟いた。
「あ。――姉さん」
「え?」
初めて聞くその存在に、カルニアは唖然とした声しか出すことができなかった。
「シャル、お姉さんがいたんですか? いじめっ子の兄と弟しかいないんじゃ
なかったんですか?」
カルニアの言葉にシャルはくねくねと動く。
「ホラ。だって考えてもみなよ。兄は火。弟は土。じゃあ水は?」
「別の世界から勧誘してきたと聞きましたけど」
カルニアが生まれるより昔。一番古い世界にいた、力を持ちながら復讐のためだけに
育っていたという水の竜。なにもかもが終わったとき、
他の事はなにも知らないにも関わらず、人手不足だからと、
シャルが無理やり自分たちの仲間に加えた竜がいたのだった。
「最初っから欠けてるわけないじゃない? ボクたちはいつ生まれたのか
全然記憶にないけれど、属性と方角と季節を守護するために存在していたんだ。
そんな大事なものが、欠けているわけ無いじゃない?」
「それもそうですね…」
カルニアは頷く。手に持っていたトマトジュースはすでに無くなっており、
カランカランと氷が音を立てていた。
「ボクたちの世界は第4の世界と言われるけれど、世界の構成とか整備したのは
ボクたちなんだよ。つまり、世界があって、それを守護するために
やってきたわけじゃなくて、あの世界を作ったのがボクたちって言っても
過言じゃないんだー。それに関わっている水の竜は、ボクが勧誘したあの子だった
わけ。もっと昔はボクたち、違うところにいたんだ。それが――どこだったか
思い出せない。正直、姉さんがどういう人だったのかも思い出せない。
なんでなんだろう」
「ふむ…」
カルニアは呟く。
「そういう記憶の欠落は、人間でもよくあることですね。性質の悪いことに
人間の場合、欠落したところを適当に埋めて、それが真実なんだと
思ってしまうところがあったりするんですよ」
豆知識の披露。
「むー。全然答えになってないよー」
シャルはむくれる。
「では単刀直入に申し上げます。司がなんかしたんですよ。
どの司が、なぜそんなことをしたか、まではさすがにわかりませんが」
「え」
言葉通り、シャルの目が点になる。
「ですが、8割の確率でフェイテル様ですね。司戦争より前に貴方が生きていたと
いう可能性もあるので、断言はできませんけれど」
「司戦争?」
シャルが首を傾げた。
(しまった!)
カルニアは思う。知らないなら知らないほうがいい事実だからだ。
「忘れてください!」
「やだ」
あまり期待せず頼んでみたがやはりダメだった。
「どうしても?」
「ウン」
「フェイテル様にお仕置きされるかもしれませんよ」
「いい。興味シンシン!」
「私も巻き込まれるんですが」
「いいじゃない!」
「………」
カルニアがどうなろうと、シャルには全く関係がない。抑止力にならないことを
言わざるをえないくらい、カルニアは困っていた。
やっと諦めがついたか。カルニアが重い口を開く。
「簡単に言えば、フェイテル様が他の司をほぼ全滅させた、事件ですよ…」
「フェイテルサマが?!」
シャルは一歩後ずさって言った。大げさなポーズまでして。
「だから今は司が3人しかいないんです。どうしてそんなことになったのかまでは、
私も知りません。ただ、『世界に存在するものは決してフェイテル様には
勝てないという宿命』を使って、あの方が司を滅ぼしたというのを、
司戦争と私が勝手に名付けて呼んでいるんです」
「………」
シャルは沈黙するしかなかった。
その間、エリアスは大量に出てきた飲み物に集中しており、話を全く
聞いていなかった。フォーゼは耳がいいので聞こえていたが、
自分の身が危ないと思い、知らん振りをしていたのだった。
ライブは、賑やかに、激しく、美しく、続く――
「さまーばけーしょん、って知ってる?」
シャルが言い出した。
「さあ?」
「知らん」
「知らないなぁ」
他使い魔3名は口々に答えた。フェイテルはその横で、すっかり居ついている
ライブ会場の歌声に耳を傾けている。
「夏だ! 海だ! ダンスだ! というお祭りだよ」
「あ、嘘邪霊発見。(ぱくっ)」
シャルの解説の後半、ダンスのところで嘘の小さな邪霊が飛び出した。
すかさずいただくカルニア。
「嘘じゃないもん! ボクは踊るんだい!」
嘘…というより思い込みで発言をしたらしい。そして本当にくるくると踊りだした。
「元気だな、お前は」
エリアスが呆れて言う。するとシャルは回転をやめ、つかつかとエリアスの元へ
やってくると、手を引いて無理やり立たせた。
「エリーも一緒に踊ろー」
くるくる。
シャルはエリアスを回し始めた。
「やめろ。無駄な行為だ」
しかし、シャルはどこ吹く風だ。
「ムダ? ムダじゃないよ。現に、舞術だって存在してるんだぞ!」
「それはそうだけどねえ」
フォーゼは諦めたかのように、首を左右に振りながら、
そう、首の体操のようにしながら言った。
「しかし賑やかですねぇ…」
ライブ会場は熱気に包まれている。カルニアはもらったジュースを飲みながら、
ライブの中心地の那智さんを見た。
フェイテルもライブ前にいただいたノンアルコールカクテルをいただいている。
(味覚もほとんどないのに…もったいない)
カルニアは思った。
すると、フェイテルがカルニアのほうを振り向き、にっこりと笑った。
「あー! ライブ聴いているふりして監視ですか! ずるいですよぅ!」
フェイテルは微笑んだままなので、カルニアは言葉を続ける。
「音楽がお好きなんですよね? でしたらちゃんと聴かないと失礼ですよ!
あと、せっかくいただいたものなんですから、それもちゃんと味わってください!」
「好きで味覚音痴なわけではないのだけれど」
フェイテルは静かに言った。その声は沈んだものだったが、
あたりの賑やかな世界もあって、カルニアが言葉の裏を読むことは難しかった。
「精一杯、おいしくいただいているわ」
「おいしくいただいているよー!」
エリアスを回すのに飽きたのか、シャルがテーブルに乗せていた自分のグラスを
持ってやってきた。
「このコーヒー、おいしい! 名前は難しくてよくわかんないけど!」
「…苦そうですね」
シャルの笑顔からカルニアはそう判断した。
「飲み物がもらえるところがあるのかい? だったら僕も行きたいね。
エリアスの分も取ってこよう。なにか希望は?」
「ラーメン」
フォーゼが気を利かせて言ったのに、エリアスの答えはボケていた。
すぐさまカルニアが指摘する。
「ラーメンは飲み物ではありません!」
「…他に好き嫌いは無い。任せる」
エリアスはそう言うと、ぷいとカルニアから視線を外した。
「しかし…」
カルニアは呟く。その心の中には、先日消えてしまった騒がしい自分の配下のことが
浮かんでいた。
フェイテルはなにも言わない。カルニアの言うとおり、音楽に集中しているのか、
あえてなにも言わないのかは誰にもわからない。
(あの子がここに来ていたら大喜びだったんでしょうね。
一緒に歌ったかもしれない。…ああ、歌う才能はついてませんでしたね)
胸が痛む。一度滅びた者を蘇らせただけあって、配下たちにはそれなりに
愛情が湧いていたのだ。それに気付いて、彼はため息をつく。
「無くなってから…わかるものですね…」
「んー、なーにがー?」
独り言に対して、シャルが反応した。
「シャル。貴方は今まで普通にあったものが無くなって、それからその普通だった
ものがとても大切だったんだ、って思ったことはありますか?」
問いかけられた者はちびりちびりとコーヒーを飲みながら、うーんと声を上げた。
「ボクは基本的になんでも大切だと思ってるから、なかなかないなぁ」
「そうですか」
カルニアは下を向く。が、まだ考えていたシャルはグラスを持ったまま
動きを静止させて、ぽつんと呟いた。
「あ。――姉さん」
「え?」
初めて聞くその存在に、カルニアは唖然とした声しか出すことができなかった。
「シャル、お姉さんがいたんですか? いじめっ子の兄と弟しかいないんじゃ
なかったんですか?」
カルニアの言葉にシャルはくねくねと動く。
「ホラ。だって考えてもみなよ。兄は火。弟は土。じゃあ水は?」
「別の世界から勧誘してきたと聞きましたけど」
カルニアが生まれるより昔。一番古い世界にいた、力を持ちながら復讐のためだけに
育っていたという水の竜。なにもかもが終わったとき、
他の事はなにも知らないにも関わらず、人手不足だからと、
シャルが無理やり自分たちの仲間に加えた竜がいたのだった。
「最初っから欠けてるわけないじゃない? ボクたちはいつ生まれたのか
全然記憶にないけれど、属性と方角と季節を守護するために存在していたんだ。
そんな大事なものが、欠けているわけ無いじゃない?」
「それもそうですね…」
カルニアは頷く。手に持っていたトマトジュースはすでに無くなっており、
カランカランと氷が音を立てていた。
「ボクたちの世界は第4の世界と言われるけれど、世界の構成とか整備したのは
ボクたちなんだよ。つまり、世界があって、それを守護するために
やってきたわけじゃなくて、あの世界を作ったのがボクたちって言っても
過言じゃないんだー。それに関わっている水の竜は、ボクが勧誘したあの子だった
わけ。もっと昔はボクたち、違うところにいたんだ。それが――どこだったか
思い出せない。正直、姉さんがどういう人だったのかも思い出せない。
なんでなんだろう」
「ふむ…」
カルニアは呟く。
「そういう記憶の欠落は、人間でもよくあることですね。性質の悪いことに
人間の場合、欠落したところを適当に埋めて、それが真実なんだと
思ってしまうところがあったりするんですよ」
豆知識の披露。
「むー。全然答えになってないよー」
シャルはむくれる。
「では単刀直入に申し上げます。司がなんかしたんですよ。
どの司が、なぜそんなことをしたか、まではさすがにわかりませんが」
「え」
言葉通り、シャルの目が点になる。
「ですが、8割の確率でフェイテル様ですね。司戦争より前に貴方が生きていたと
いう可能性もあるので、断言はできませんけれど」
「司戦争?」
シャルが首を傾げた。
(しまった!)
カルニアは思う。知らないなら知らないほうがいい事実だからだ。
「忘れてください!」
「やだ」
あまり期待せず頼んでみたがやはりダメだった。
「どうしても?」
「ウン」
「フェイテル様にお仕置きされるかもしれませんよ」
「いい。興味シンシン!」
「私も巻き込まれるんですが」
「いいじゃない!」
「………」
カルニアがどうなろうと、シャルには全く関係がない。抑止力にならないことを
言わざるをえないくらい、カルニアは困っていた。
やっと諦めがついたか。カルニアが重い口を開く。
「簡単に言えば、フェイテル様が他の司をほぼ全滅させた、事件ですよ…」
「フェイテルサマが?!」
シャルは一歩後ずさって言った。大げさなポーズまでして。
「だから今は司が3人しかいないんです。どうしてそんなことになったのかまでは、
私も知りません。ただ、『世界に存在するものは決してフェイテル様には
勝てないという宿命』を使って、あの方が司を滅ぼしたというのを、
司戦争と私が勝手に名付けて呼んでいるんです」
「………」
シャルは沈黙するしかなかった。
その間、エリアスは大量に出てきた飲み物に集中しており、話を全く
聞いていなかった。フォーゼは耳がいいので聞こえていたが、
自分の身が危ないと思い、知らん振りをしていたのだった。
ライブは、賑やかに、激しく、美しく、続く――